第20話
静岡に入ったのは、ちょうどお昼どき。
はるかさんが「せっかくだし」ってスマホで調べて、地元っぽい定食屋さんに入ることになった。
チェーン店のAI調理じゃない、昔ながらの、人の手で作っているお店。 のれんはちょっと色あせていて、看板の文字も渋い。でも、こういうのって当たりの予感しかしない。
あたしとはるかさんは、「黒はんぺんフライ定食」を注文。 揚げたてをひと口かじったら、思ってたよりふわふわで、ほんのり甘くて、めっちゃおいしかった。
こていちゃんには、お店の人が気を利かせて、お皿に何も乗ってないお子さまセットを出してくれた。ちょっとほっこり。
お兄ちゃんは、無言でカツ丼。名物より食べたいものを食べるって感じか。 ふたを開けたとき、ちょっとテンションが上がっていた気がする。
山とか、海とか、田んぼとか。普段あんまり見ない景色の中をずーっと走って、四時ごろ、名古屋に着いた。
ひと息入れようってことになって、ちょうど見つけた公園の駐車場に車を停める。自販機で飲み物を買って、ベンチに並んで座った。
お兄ちゃんは、背もたれに少し体をあずけて、缶コーヒーを片手に静かにしている。 はるかさんがすっと背後にまわって、何も言わずに肩を押しはじめた。
あたしはその隣で、お兄ちゃんの腕をとって、軽く揉んでみる。 どうせ文句言うと思ってたけど、お兄ちゃんは黙ったままだった。
こていちゃんは、正面に立ったまま、その様子をじっと見ていた。 「何をしたらいいのか考え中」って感じの顔をしてたけど。
「陽太さま、いつも運転ありがとうございます」
そう言って、頭をぺこりと下げた。
お兄ちゃんは、少し驚いたように目を動かして、「ああ」とだけ言って、またコーヒーをすすった。 その一連がなんかおかしくて、あたしは思わず笑ってしまった。
その後、窓の外は、じわじわ夜になってきた。 車は三重県に入ってからけっこう走っているけど、目的地まではまだ遠い。
ずっと座ってるだけでも、それなりにしんどい。でも、お兄ちゃんの方がずっと大変なのは明らかで、「疲れた〜」なんて気軽に言える空気じゃなかった。
今日の目的地は、熊野市のビジネスホテル。 「十一時には着く」ってお兄ちゃんは言っていたけど、まだあと三時間はありそう。
そのとき、はるかさんがお兄ちゃんを見て口を開く。
「ねえ、陽太、大丈夫?」
「ああ」
「無理して熊野まで行かなくてもいいよ? このあたりでも宿あるし」
ふたりのやりとりを聞きながら、スマホをちらっと見る。
地名のところに『
「今日中に入っといたほうがいいだろ。明日は熊野だけじゃ済まないかもしれない」
お兄ちゃんはそう言って、アクセルを少し踏み込む。
「じゃあ、着いたらちゃんと休んでよ。帰りもあるんだから」
「わかってる」
その頃から、こていちゃんの反応が怪しくなってきた。
「こていちゃん? 平気?」
「はい。ですが、バッテリーの残量が……残り8パーセントです」
えっ、そんなギリギリなの?
よく考えたら、こんなに長時間外に連れ出したのって初めてだ。 しかも夜は毎日きっちり充電してたから、普段どのくらいバッテリー使っているのか、全然把握してなかった。
助手席から、はるかさんがちらっと振り返ってくる。
「ホテル、人型AIの充電対応だから大丈夫だけど。日付またいだりするとわからないから、スリープできる?」
あたしはうなずいて、こていちゃんに声をかける。
「……眠れる?」
「いえ。わたしは、充電中ではないかぎり停止しません。もしくは、バッテリーが切れたとき……」
「あーもう、わかったわかった。しゃべんなくていい。景色も見ないで」
「はいっ」
「寝ないでいいから目、閉じてて。お願い」
「はいっ」
それきり、こていちゃんはぴたっと動かなくなった。そんな彼女を見て、あたしの胸の奥は、きゅってなった。
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