第15話

 水族館、ビルの上にあるってだけで、やっぱりちょっと特別な感じがする。
来たことは何度かあるけど、今日はこていちゃんといっしょ。そう思うだけで、入口の景色まで少しちがって見えた。



 自動ドアを抜けたとたん、ひんやりとした空気に包まれる。
夏休みなだけあって、人だかりはすごかった。


 こていちゃんとはぐれないように、手をつないだら、「夏帆さま、はぐれないでくださいね」って言われた。
「そっち視点なんだ……」と思ったけど、まあいいや。いちいちつっこまずにおく。


 水族館を楽しむのと、こていちゃんの反応を見るのが、今日の目的だ。
最初の大水槽では、イワシの群れがキラキラと泳いでいて、その中を、顔のごついでっかい魚が悠々と進んでいた。なんだろ、ちょっと整形ミスったっぽいっていうか、でこがやたら主張してる。


「これはコブダイです。成長とともに額が発達し……」



「はいはい、ありがと」


 反応はあるけど、なんかこう、ナビって感じ。
別にまちがってないし、説明は丁寧なんだけど、こっちが期待してたのは、もうちょい「何これ?」とか「かわいい〜」とか、そういうのだったんだよね。
 


 そのあとも、クラゲのところで「直径平均十五センチ。光は反射性」って淡々とコメントし、アシカの前では「泳ぐ速さは時速二十キロ。食事は一日四回です」ってウィキペディア。
うーん、ちがーう。そうじゃない。


 いろんな水槽をまわってみた。
マンボウ、エイ、ちっちゃいタツノオトシゴ、派手な熱帯魚。


 あたしは「すごっ」とか「これ好きかも」って思ったりしながら、次から次へと見てまわったけど、こていちゃんはずっと変わらない声で、「この種は日本近海にも分布し……」「視界を脅かす敵から身を守るため……」って。(これもこれでいいんだけどね。)


 一通り見終わるころには、なんだか、あたしだけが楽しんでた感じになっていた。こていちゃんはずっとそばにいたし、ときどき髪もぴこぴこ光ってたけど、やっぱりずっとナビだった。


(まあ、固定型なのに、ここまで情報を持ってるって時点で、実は相当高性能なんじゃ……って気づいたけど、それと「楽しんでるか」は別の話)


 家にいるときと、そんなに変わらない。
いや、むしろ水槽の前に立ってるぶん、しゃべる回数は多かったかもしれない。でも、それだけだった。


 うーん……。
そんなふうに思いながら歩いていると、出口の手前で、足がふと止まった。


 壁沿いには、「海辺体験VRブース」って書かれたパネルが立っていて、その奥には、マッサージチェアみたいな椅子がずらっと並んでいた。


 それぞれの席には人が座っていて、ゴーグルをつけたまま、なんかじっとしてたり、微妙に揺れていたり。


 みんな手首や足首に、ブレスレットみたいなのを巻いている。ちょっとシュール。ほんとに浜辺歩いてる気分になれるらしい。


 上のモニターでは、今体験できるVR映像が順番に流れていた。


 最初に映ったのは、由比ヶ浜。さらさらの砂に、やわらかく寄せる波。
遠くには江ノ島の影がうっすら見えて、全体がふんわりした色合い。ちょっと絵本の中みたい。


 次は、九十九里浜。水平線がぐんと広くて、波が勢いよく弾けている。
風の音まで聞こえてきそうな感じで、見てるだけでスカッとした。
 


 へぇー、すご。海なんてお台場くらいしか行ったことないし、こうやって手軽に体験できるの、地味にありがたいかも。

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