第14話

 八月十一日の夜。
ベッドに寝転がって、なんとなくスマホを見ていたら、通知がぴこん。
あゆみからだ。


『ごめん! おばあちゃんちに行くことになって、水族館キャンセルさせて……!』


 土下座する侍スタンプといっしょに送られてきたメッセージを見たとたん、うわーってなった。



 ちょっと前にアンケートに答えたら当たった、池袋のビルの上にある水族館のペアチケット。
あゆみはあそこが好きだったから、声をかけたら「えー、行く行く!」って、めっちゃ食いついてきたのに。
期限がせまっていたので、お盆に行こうって決めていた。


「そっか。しゃーないよね。気にしないで」


 一応そう返したけど……正直、予定がぽっかり空いてしまった感じ。
誰か他に誘うにも、さすがに急すぎる。お盆ってみんな予定詰まってるし。
 

 

 お兄ちゃん……ないな。はるかさん……いや、だったらペアだし、お兄ちゃんとふたりで行ってもらったほうが有意義かも。でもそのチケット、あたしのスマホにあるんだった。


 うーん。とりあえず、電子チケットを開いてみる。
使用期限は、やっぱり十五日まで。あと四日。どうしようかなって画面を眺めていたら、ふと、下のほうの注意書きが目に入った。


『※人型AIの入館は可。ただし、同行者の責任でご利用ください』


 ……ん? あれ?
 こていちゃんと……行ける?


 考えてみたら、こていちゃんとちゃんとどこかに出かけたことって、まだなかった。
買い物のついでとか、家の近くを歩いたりはしたけど、「ここに行こう」っていうおでかけはない。
 

 

 水族館なら、涼しいし、混んでてもそんなに騒がしくないし、のんびりできそうだし。何か、ぴこーんって髪の毛が光って、記憶のかけらでも出てくるかも?


 翌朝。洗濯を終えて、タオルを干し終えたタイミングで、あたしはこていちゃんに声をかけた。


「ねっ、水族館いっしょに行かない?」


「はいっ。着いていきます」


 うん、やっぱりそう来た。
この子、家事と料理の話題じゃない限り、だいたい明るく頷く。



 さっそくパーカーを脱いでもらって、お出かけ用の白ワンピにお着替えタイム。涼しげで、ちょっとしたお嬢様みたい。


 いざ出発、というタイミングで、二階から降りてきたお兄ちゃんが、あたしたちを見てきた。


「どこ行くんだ?」


「水族館。こていちゃんと」


 そう答えたら、なんか微妙な顔をされた。


「……それも、はるかの言ってたことを鵜呑みにして、記憶を引き出すためってわけか」


「鵜呑みって何? 可能性でしょ、可能性」


 こていちゃんと仲良くするの、そんなに気にくわない? 感じワル。って思っていたら、お兄ちゃんは意外なことを言ってきた。


「今のままじゃダメなのかよ」


「は?」


「あと三週間で親父たちは帰ってくる。家事もAIなしで、一応なんとかなってるし、わざわざ過去ログ掘り返す必要あるか? 困ってるわけでもないし。……できないからって、別に切り捨てるとかじゃないんだし」


 あたしは口を開いたまま固まった。てっきり、お兄ちゃんは「便利にするために何とかしろ」って思ってる派だと思っていたから。


 そしたら、じっと立っていたこていちゃんが、ぼんやりしたまま髪をぴこぴこ光らせながら、ぽそっと口を開いた。


「夏帆さまも、陽太さまも、優しいです。優しいには、いろいろあります」


「ん? どしたの、こていちゃん?」


 こていちゃんはけろっとした顔で、「わたしは良好です。エネルギー残量97%」と、なぜか急に機械っぽく切り替わった。


 お兄ちゃんは、「ま、いいけど」とだけ言って、そのままキッチンに向かっていった。


 えっ? ふたりとも、どういうテンション?


 何かが引っかかったような気はしたけど、深く考えるのはやめにして、水族館へ向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る