ファミリエ! ~落ちこぼれ魔女と黒い羊~
いいの すけこ
黒い羊
黒い羊 -Ⅰ
このままでは、魔法学校を退学になってしまう。
ミリィは暗闇の中を、一人きりで駆けていた。
――使い魔の一匹も使役できないようでは、四年生に進級できませんよ。
先生のお叱りが頭の中に蘇って、
今日だって眠るまで繰り返し、何度も、胸を刺した言葉だ。不安で眠れなくて、ようやくまどろみ始めたと思っていたら。
(ここは、どこなの)
頭上も足元も墨一色、境目も空間の形もわからない。外なのか、建物の中なのかもわからない。明かりになるものは一切ないのに、なぜか自分の姿だけははっきりと目に見えた。走る裸足の足も、拳を固めて振る腕も。肩の上で跳ねる、波打つ金の髪も。着ているものの色まで、くっきり闇の中に浮かび上がっていた。
魔法学校指定の青いローブに、寝間着の真っ白いワンピース。学校から帰ったらすぐクローゼットにしまうローブと、眠るための寝間着なんてちぐはぐな組み合わせ。ここは夢の中で、だからおかしな格好をしているのかもしれない。
目標もなく走り続けていたミリィの視界を、突如、光の粒がかすめた。
淡く白い光を放つそれは、何かの花びらのようだった。ミリィの爪と同じか少し大きい程度の小さな花びらは、少女の十年に満たない人生の中では見たことのないものだ。
どんな形かは知れないが、きっと美しい花だろうとミリィは根拠もなく思った。
小さな花びらは風に乗って、何枚も何枚もミリィの周囲を流れてゆく。花びらは吹雪のように容赦なく吹き付け、白い大群となってミリィの視界を埋めた。
(何も見えないよう)
視界を確保しようと、小さな手で精一杯に花びらを押しのけた。
花吹雪を抜け出た先にあるのは、やっぱり闇なのだろうか。
(妖精の
人魂のような妖精は、使役できたら明かりになったかもしれない。妖精みたいな気難しい存在、ミリィには釣り合いはしないだろうけれど。
妖精なんて贅沢は言わない。ねずみの一匹で良い、どんなに小さくて頼りない生き物でも。級友たちの使い魔の中で一番に弱くても、とにかく『
夢想するのは、決闘場で大歓声と羨望の眼差しを浴びる自分の姿。
それはあまりに身の程知らずの虚しい夢で、己を勝利に導いてくれるはずの使い魔の姿は想像できなかった。だって、どんな獣や妖精や精霊にも、主人と認めてもらえたことがないから。
それでもせめてと、ささやかに願う。
己と真に心の通う、自分だけの使い魔が欲しい。
花の洪水をかき分ける。押し寄せる花びらの波が割れて、ほころんだその先に。
青い光が見えた。
手を伸ばせば届きそうな距離に、青い光が浮いている。ぼんやりとした輪郭で、なんだか綿毛みたいだななんて思う。ふわふわの青い綿に包まれた真ん中で、脈打つように光が明滅していた。
「だあ、れ?」
誰、と。ミリィは光に向かって呼びかける。
青い光は『誰か』である気がした。
誰かの心。魂。そういうもの。妖精や精霊のような、意志ある光の存在かもしれない。
保有する魔力も弱く、妖精を使役するどころか感知することすらままならないミリィが、なぜそんな風に思ったのはわからない。
だけれど青い光の明滅は、鼓動のようであったし。闇の中、光はたった一つで、震えているようにも見えて。
「ミリィの使い魔になってくれる?」
光が『誰か』なら、ミリィの声が聞こえると思った。聞こえたところで、真実届くかどうかはわからないけれど。
単なる問いではない、けれど命令にもならないだろう。
「使い魔になるの、いや?」
未熟な魔法使いの言葉は、特別な呪文でも、交渉ですらない。
「お友達でもいいの!」
それは相手に決定権を託した、お願いでしかなかった。
青い光が強く瞬く。思わず両手を伸ばせば、光はミリィの方へゆっくりと漂ってきた。
高鳴る胸に引き寄せるように、ミリィはそっと光を抱きしめた。
☆ ☆ ☆
「……っ」
水面から顔を上げた時のように、ミリィは大きく息を吸った。
「あれ?」
上も下もないような空間で、それでも自分はちゃんと立っていたはず。
それなのにミリィの体は、縦向きではなく横向きになっていた。依然暗闇の中にいるものの、白く光る花びらは見えないし、代わりに一つだけ小さな橙色の灯りが見えた。
安全な魔法の火種が灯ったランプに照らされる、ふかふかの枕にベッドシーツ。中にローブをしまったクローゼット。
「……夢?」
眠気とは違う、ぼんやりとしたものに覆われた頭でミリィは思い出す。
いつも通りに眠った夜。
母におやすみの挨拶をして、寝撒きに着替えて、髪も梳かしてベッドにもぐりこんだ。
いつもと違ったのは、仕事が忙しい時期ゆえ母が帰宅したばかりだったということ。四年生からは寮生活が始まるから、あと何回この部屋で眠るのだろうとちょっとしんみりしてしまったこと。そもそも進級できるのだろうかと不安になったこと。そんなことくらいで、何も変わることのない、いつもの夜だった。
届いたと、思ったのに。
ふわふわの青い光。
あれがどんなものかはわからなかったけれど、使い魔になってほしいと願った。
伸ばした両腕で、確かに受け止めたと思ったのに。
(まだほんのり、あたたかい気がするのに)
触れた光は、かすかに熱を感じたのだ。ミリィは思わず、両腕の中に感じる布団の柔らかな感触を抱きしめた。
『うぎゅ!』
腕の中から、声がした。
ミリィは思わず飛び起きる。抱きしめたままのそれを見下ろして、ミリィは暗がりの中で瞬きを繰り返した。
『……ああ?』
不機嫌そうなその声。ミリィは喜びに赤く染まった頬を、思わず緩めた。
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