Episode 10 火の精

 〈組み合わせ〉。

 またの名を〈造り込み〉。


 〈組み合わせ〉という名から想像できるように、2つの鉄を組み合わせることで刀特有の「折れない」「曲がらない」「よく切れる」という性質を実現させるという工程。


 具体的に言うと、強度の低い〈心鉄〉を強度の高い〈皮鉄〉で包むような感じ。

 これによって、2つの鉄の長所が生かされる。

 中途半端な腕前では、全ての要素が短所になりかねない。そんな高度な技術と集中力を必要とする、繊細な作業なんだ。







 〈組み合わせ〉における工程その1。

 刀の外側にあたる部分の鉄、〈皮鉄〉を曲げる!


 〈心鉄〉を〈皮鉄〉で包むにあたって、〈皮鉄〉の形をUの字のように曲げる必要がある。

 まだ組み合わせる前の工程ではあるけれど、これもまた繊細で難しい作業であることには違いないね。


 

 〈皮鉄〉を熱し、じわじわとその内部に熱を含めていく。

 黄色い輝きを発し始めたのを合図に、かまどから引く。

 取り出した鉄をスプリングハンマーにセットして、〈折り返し鍛錬〉の要領で軽く折り曲げる。


 ふわったしたV字型に変形した鉄。その折り線部分をハンマーで叩くことで、溝をある程度平らにすることができる。

 あとは横に縦にと、適当に整形していけば完成。

 ちょっと細めのU字ができれば良し。



 無事U字型へと成り変わった〈皮鉄〉に、〈心鉄〉を組み合わせる。

 〈皮鉄〉に対して、平べったい形状の〈心鉄〉。


 水粘土を掛けて、〈皮鉄〉の溝にピッタリ入り込むようにして、〈心鉄〉をはめ込む。

 そして――叩く! 思いっきり叩く!

 

「よし、っと」


 ビタッとくっついて離れなければオーケー。

 ピッタリハマった時はなかなかの快感。

 

 重要なのはここから。

 パズルのようにはめ合わせただけの鉄を火にかけて、しっかりと融合させる必要がある。

 これの難しいポイントが、温度調節。


 鉄は、柔らかいほど、くっつくために必要とする温度が高くなる。

 逆に、硬いほど、くっつくための温度は低い。


 ここでいう柔らかい鉄とは、刀の中心に位置する〈心鉄〉のこと。

 なら硬い鉄は当然、刀の外側に位置する〈皮鉄〉ことだよね。


 つまるところ、内側にかけて熱する必要があるというわけだ。

 

 

 温度、鉄の色、火の色、火の高さ。

 全ての要素を理解し、感じ取ることで、鉄同士を一体化させる。


 臨機応変に熱し方を変え、ありとあらゆる角度から火を当てていく。

 慣れ親しんだと違い、このかまどは素材も形も違うせいで、今までに培ってきた技術はほとんど通用しない。

 ゆえに勘や気などといった、目に見えない要素にも頼らなければいけない。

 言い訳みたいで言いたくはないけど――この刀が無事に完成するかは、運次第とも言えてしまう。

 

 見えるもの、あるいは見えないものまで感じ取り、テコの先端へと神経を集中させる。



「はぁ……はぁ……」



 途切れ途切れな息遣いを、無理やりに整える。


 呼吸を整えることは大切だ。

 乱れた呼吸は肩を揺らし、テコがブレる。

 すると火の当たりにムラができてしまう。

 

 ゆっくり大きく、吸って吐く。

 呼吸を安定させることで、体感も安定する。そして脳に酸素が送られる。

 ただでさえ熱気の籠もったこの環境、呼吸1つ間違えただけで意識が落ちることだってあるそう。


 普通に生きている人には経験できないような極限状態。


 本当に、見えない何かを感じ取ってしまいそうな、そんな状態。

 だからか、鍛刀中に神様を見ただとか、鋼が喋っただとか、本来ならありえないような状況に出くわしたという話も刀職人の界隈においては珍しくもない。

 実際は脳の酸欠による幻覚症状だったりするらしいけれど……私は経験がないからよく分からない。




――いや、経験がなかったというべきかも知れない。


 


 視界の端ではらはらと踊る、火を纏った精のようなそれを、見はせずとも感じ取っていた。

 部族衣装のような姿で炎舞している。気がする。


「はぁ……はぁ……」


 何かがいて、何かをしているということだけは辛うじて分かる、それ。


 それが何で。何をしていて。

 何が原因で。何に影響するのか。


 いつからそこにいたのかすら、よく覚えていないし。

 気がついたら現れていたような気もするし。

 それこそ始めから舞っていたような気もするし。

 何も分からないようで、その実、まるで家族のように全てを理解している気さえする。


 得体の知れない、まるで夢そのもののように感じるそれは、そこにあるものとして踊っていた。

 

 私はもはや意識を失いかけていて、朦朧とする視界の中には精と鉄しか存在していない。

 眠気から必死で逃げるように瞼を閉じたり開いたりする、あの感覚に近い気がする。

 夢なのか現実なのか判別できない、あるいは明確な境界線のない曖昧な世界だ。



 体が危険信号を発している。


 それでも、今、この瞬間だけでも刀鍛冶として生きている私にとって、この上なく良い状態であるのは間違いなかった。

 だから私は、火の精のようなそれが踊るままに、テコを回し、火で炙ってみせた。


 不思議なもので、分かるの、全てが。


 こうすれば、鉄は喜ぶ。

 ああすれば、鉄は重なる。

 そうすれば、鉄は溶けてしまう。と。

 

 そうして、何かが叫んだ。



――今よ!



 自分で叫んだのかもしれない。

 火の精が叫んだのかも知れない。

 もしかしたら後ろにキャシー師匠がいて、教えてくれたのかも知れない。


 引き抜いた鉄を金床に移して、握り締めた金槌でとにかく叩いた。

 叩くたびに鉄から火花が散っていく。

 パチパチと飛び跳ねる火は、線香花火のそれと似ている。







 叩いて、叩いて、叩いて。

 金属音に耳も慣れ、〈組み合わせ〉がようやく完了した頃、いよいよそれに話しかけられて、それが現実のものなのだと実感せざる得なかった。



「貴方、良い腕をしているわ」



 火の精は、確かに存在していた。

 驚いた私は、思い切り叫んでいた。

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