第7話 使用人と聖女様

その後も、私は秘密裏にお嬢様を傷つけようとする輩を排除した。

お嬢様の暗殺に協力していた例のメイド長は、よりにもよって、お嬢様のお美しい顔に、一生消えない(本人曰く)素敵な傷をつくろうとしたため、お嬢様の専属メイドである私が直々に、メイド長である彼女の醜い素敵な顔に、お嫁にいけないレベルの傷をつくった(この世界では、結婚できない女性など無価値に等しく、メイド長には社会的に死んでいただいた)。

まぁ、さすがに、お嬢様の親である旦那様にはひどい仕打ちはしていないが、「お嬢様に危害を加えたらどうなるか分かっていますよね?」とくぎを刺したため、しばらくは安心だろう。


お嬢様は、このことを知らなくていい。


元々、公爵家であるゼラニウム家の使用人の仕事は多く、新しく入る人も多いが、その分、仕事のきつさに耐えきれず、やめる人も多い。なので今のところ、お嬢様には私がしていることはばれていない(はず)。


そして、お嬢様の暗殺騒ぎ(まぁ、正確には、お嬢様を暗殺しようとしていた輩が、勝手に騒いでいただけだが)から4年が経過し、お嬢様が15歳、私が28歳(私も随分歳を重ねた)の時、お嬢様は、王都の学園へと入学された。……そして、これまでの出来事はゲーム開始前のことだが、ここからは、ゲーム中のことである。


ちなみに、恋騎士の世界では、お嬢様はダチュラとかいう攻略対象の一人と婚約するのだが、お嬢様と婚約する前に、私が旦那様を脅し……コホン、説得して、お嬢様とダチュラの婚約は回避できた。


「おい、なんで俺まで巻き込まれてるんだよ……」


私が恋騎士のことについて考えていると、横からストックがそう声をかけてくる。

私たちは現在、お嬢様が通う学園の中庭に侵入していた。


「いいじゃない、貴方だってお嬢様が心配でしょう?それに、私たちはこの学園に通われているお嬢様の関係者……不法侵入ではないはずよ!!」

「いや、バリバリ不法侵入だぞ」


そうツッコみを入れながら、結局は私に付き合ってくれるストックは、本当に優しいし、お嬢様のことが心配なんだと思うの。


「――それよりも、お嬢様の後ろに座っている少女。あいつが聖女か?」

「えぇ、おそらく」


というか、絶対。


聖女とは、恋騎士のヒロインである「カルミア・ストレリチア」のことである。

彼女はかつて、この国を救ったと言われる大聖女・マガレア様の像の前を通ると、どこからともなくマガレア様の像が輝きだしたことにより、聖女とあがめられ(それだけで?と、いつも疑問に思う)、平民でありながら貴族しか通うことが許されない王都の学園へ、特待生として入学することを許された、いわば奇跡の子。


そんな彼女が学園でいろいろな人と出会い、7人いる攻略対象の誰かと恋をし(逆ハエンドを除く)、三年間の学園生活を送るのが、恋騎士の大まかなストーリーである。


「それにしても、さすが聖女と言うべきか、彼女の周りには、大勢の人が集まっているな」

「……えぇ、そうね。でも、何故みんなお嬢様の近くに集まらないのでしょうか?」

「さぁ?聖女なんかよりもよっぽお嬢様の方が魅力的に見えるけどな、俺は」


どこまでもお嬢様バカな私たちであるが、お嬢様のあの笑顔を見たら、誰だってお嬢様にメロメロになると思う(体験談)。


「お、もう休憩時間か……いったんどっかに隠れるか?」

「いえ、なんだかこれから、お嬢様の危機がありそうな気がするので、もう少しだけ様子見」

「……どうなっても知らねぇぞ」


そう言いながら、私に付き合ってくれるストック。

それに引き換え、私は少しだけソワソワする。


なんといっても、今日はお嬢様(と、そのほかの人たち)が、王都の学園に入学して10日目。ゲームでは、この日の休憩時間に悪役令嬢イベントがある。

階段を下りて、次の教室に向かおうとしたヒロインが、悪役令嬢アリウムに突き落とされるイベントだ。まぁでも、あまり心配はいらないと思う。だって、お嬢様は悪役令嬢アリウムではなく、天使アリウム様だもの!


だがしかし、万が一と言うこともある。世間では、お嬢様は戦略結婚であるダチュラとの婚約を、自身の我儘で断った、非常識な奴、と言われている(当の本人は、そんなこと知りもしないが)。

故に、事故でヒロインであるカルミアが階段から落ちてしまったとき、お嬢様がその近くにいれば、聖女を階段から突き落としたと、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。


色々と頭の中で考えていると、お嬢様とカルミアが何か会話をし、一緒に教室から出るのが確認できた。

表情を見るに、お互い、穏やかそうな表情であるが、世の中、何が起こるかわからない。


そう私が考えていると、二人は階段を降り始める。すると……


「っ!?」


カルミアは、自ら階段から落ちていった。まるで、傍から見ればお嬢様が突き落とした風に見えるように、だ。

私が魔法で時を止めようとした瞬間、お嬢様がカルミアが落ちそうになっていることを瞬時に理解し、カルミアの手首をつかみ、彼女の落下を防いだ。


(大丈夫ですか?)

(え、えぇ……)

(気を付けないと危ないですよ。私のメイドにもかつて、階段から足を踏み外して怪我をしたものがいたのですが、彼女はメイドの仕事ができないほどの大けがを負ってしまったのですよ)


魔法でお嬢様付近の空気の振動を読み取り、私の近くで、同じような空気の振動を発生させる。

この魔法を使用し始めたころは、罪悪感はあったが、今ではお嬢様の様子を知るために、結構頻繁に使用している。


「あの聖女、自ら階段から落ちようとしている風に見えたのは俺だけか?」

「安心してください、ストック。私も同じように見えました」


私たちの中で、カルミアへの不信感を募らせる。

そんな私たちをよそに、本気でカルミアが事故で落ちそうになってしまったと本気で信じているお嬢様に、私は危機感がないと思いながらも、心の奥底ではお嬢様らしいと安堵してしまう自分がおり、それはきっと、ストックも同じなのであろう。


「やはり、私の危機察知能力は間違っていなかった!」

「おうおう、そうだな」

「適当!!」

「――誰だ!?」


私たちがそんな会話をしていると、学園の警備員らしき人に見つかってしまった。


「まずい、逃げるぞ!!」

「あ、ちょ!!」


お嬢様のことで後ろ髪を引かれる思いだったが、ストックに手首をつかまれ、私たちはゼラニウム家の屋敷へと逃げ帰ったのだった。……というか、お嬢様を貶めようとしたカルミアのあの行動。まさか彼女も転生者……?いや、まさかね……。

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