第35話 HEATH計画

――コロニー「ヒース 2nd」中央棟、円形通路にあるベンチにて


<コロニー「デルフィニウム」管理者のデルはベンチに座って周囲の建物を観察している。私に気が付くと、小さく手をあげた>


 あの中央塔に気象観測室があるのか。


【はい。先もインタビューをしていました】


 そして、また、戻るんだろう。今日はいったいどういうスケジュールなんだ。

 ま、おいておこう。

 予備の気象観測室もあると聞いた。最新世代のコロニーは設備も作りも違うね。


【HEATH計画立ち上げの様子を教えてください。個人的な見解を聞かせてもらえると嬉しいです】


 僕にインタビューするならそのテーマだよな。

 どうつながるかから話していこうか。

 まず、ヒースを襲ったのは南極上空の冷気の塊だ。普段、こいつはヒースまでやってこない。ところが、ジェット気流の乱れでやってきてしまった。それがあの天災の原因だ。

 もし、事前に観測できていたらどうなっただろう。早いうちに避難ができたかもしれない。もしかすると、放棄しない方法が編み出せたかもしれない。

 歴史にたらればはない。それで立ち上がったのがHEATH計画なんだ。誰かが言い出したのを僕が先頭に立って引っ張った。


【正式名称を教えてください】


 ああ、読者の皆々様のために説明しよう。HEATH Enhanced Atmospheric Tracking and Hydrometeorologyだ。高解像度気象観測網っていえばわかりやすいか。今では当たり前の天気予報システムだよ。

 最初は各コロニーが持っている観測情報を統合して分析すればいいと思っていた。これだけでも数日先の気象予測の精度が大きくあがった。


【あれは快挙でした】


 ああ、本当に。皆が普段やっていることを持ち寄るだけで劇的に変わるとは思ってなかった。

 で、もっと先の予測をしようとすると、それだけでは足りない。

 気象ブイ、成層圏プラットフォームに観測機器の追加、気象レーダーの設置、エトセトラエトセトラ。

 観測手段を増やすと予報できる範囲と期間が広がった。ここでボトルネックになったのが僕ら管理者だ。管理者はコロニーを管理するために作られている。気象観測と予報までやると管理者の能力を超えてしまう。

 身の丈にあった振る舞いが大事だ、とウルイの奴がいっていたな。

 観測手段が増えるたびにアルゴリズムやロジックを改良するか何かやっていた。だが、精度だったか範囲だったか、何かしら犠牲になった。

 あれは歯がゆいと言えばいいのか。手段が増えたのに処理が追いつかないなんて。何かしら犠牲になったんじゃない。何かを犠牲にするのかを僕が決めたんだ。

 転機はウルイが全力を出したことだ。身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ、だっけ。あいつのいる場所を考えたら当然か。


【災害が多いという極東です】


 台風と地震は災害だ。夏の何でも腐らせる高温多湿、冬の氷点下まで下がる気温が前提だというのがね。あれで昔よりマシになったっていうのが信じられない。

 話がそれた。ウルイは特化思考装置の新しい製造方法を見つけたんだ。そのおかげで管理者や住人が使える計算機資源が一気に増えた。あれがなかったら、いったいどうなっていたことやら。


【ウルイさんは自分のために必要だと思ったからでしょうか】


 どうかな。自分のためにも必要だとは思ったはず。でも、自分たちに必要だと思ったんじゃないのか。

 ウルイにいうと嫌がるが、あいつは20年先、あるいはもっと先の誰かの命を救っているぜ。


【経緯はよくわかりました。デルさん自身はHEATH計画をどう評価していますか】


 あれ話していなかったか……。

 HEATH計画は全コロニーが総力をあげて形にしたんだ。どこに住んでいるとか、人間だとか、管理者だとか、統括ユニットだとか、無人作業機械だとかも関係ない。地球上の異知性体合同プロジェクトだ。

 考えてみてほしい。ここの半地下構造を掘って、機材を運びこんで、融合炉まで据えつける。その裏で気象ブイや成層圏プラットフォームも展開していた。各コロニーが人も機械も出しあって、施工チームと観測網チームで取りあいになることもあった。それでも誰も手を抜かなかった。次のヒースを出さないために。

 あのセレスティアにだってできなかったことを僕たちはやり遂げたんだ。それも、ここの建造と同時に!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る