第38話 フォーギブ

――コロニー「ヒース 2nd」中央棟、気象観測室


 あの忌々しいブリザードでドームがぶっ壊れたとき、管理者を恨むと決めたとき、くず鉄になっちまえ、と思った。

 脱出したときから、その思いは変わらなかった、はずだ。


【はず、ですか】


 避難した後、ほかの住人の支援に明け暮れていた話はしただろう?

 あれには続きがあってな。アイザックさんから手伝いを頼まれたんだ。

 何かやっていたほうが気が紛れると思ったのか、当時の俺は引き受けたんだ。

 やることが一気に増えて、余計なことを考えられなくなった。

 今までやってきたことの続きだと思っていたら、まったく歯が立たない。

 ある日、物資の配分でうちの住人同士が揉めた。一方は子供がいる家族で、もう一方は老人を抱えている。どちらにも理がある。

 子供は元気で、老人のほうは環境の変化で参っているようだった。これなら後者だと俺は判断した。

 が、アイザックさんは両方の話を聞いた後、配分ではなく、供給側の運搬手順を見直した。翌日には両方に行き渡った。

 なぜそれが見えるんだ、と聞いたら「困っている人を見ているだけですよ」と言われた。

 嘘をつけ、と思ったね。しばらくして気がついた。配給を担当していた連中も、順番や効率で頭を抱えていたんだ。誰に先に届けるか、どう回れば全員に届くか。

 困っている人を見ているだけ。あれは謙遜じゃなかった。俺が見落としていた「困っている人」がいただけだ。

 衝撃だったね。住人代表の隣に立つと見えるものがあんなに変わるとは。

 アイザックさんはきっと、別のものが見えているはずだ。


【別のもの?】


 そうだな。HEATHの観測網のように離れて、全体を掴む。それでいて近くもちゃんと見る。だいたい、どっちかに人間は偏るんだ。アイザックさんの真似にしかならなかった理由はこれだろう。今、思いついたんだが、たぶん間違いない。

 ようやく、見通しがついたころだったか、あいつの再起動の話を知ったのは。

 アイザックさんといつものように通信記録を整理していたら、クロッカスから再起動に成功したと連絡が来ていたんだ。


【ご自身で見つけたのですか?】


 見つけたというか、目に入った。ヒースの名前が出たら嫌でも目が止まるだろう。

 最初に思ったのは、あいつも生きていたのか、ということだった。

 自分でも驚いた。くず鉄になっちまえ、と思った相手だぞ。

 恨みが湧くだろう、と身構えたんだが、出てこない。


【出てこない?】


 ああ、待ってみたんだがな。怒りも憎しみも、何も出てこなかった。

 代わりにあったのは、ああ、そうか、という感覚だけだ。

 ヒースの管理者も同じだったんだろう。あいつなりに、最後まで守ろうとした。

 前の俺なら、だから何だ、と思っただろうな。

 だが、住人代表の隣に立って、全体を見ながら目の前の一人一人にも向き合おうとした後だと、あいつがやろうとしていたことがわかる。

 恨みでも何でもなく、ありのままってやつ。ああ、そうなのか、って。

 手が止まっていたんだろう。アイザックさんに一息ついておいで、と言われて俺は休憩所でコーヒーでも飲むことにした。

 カップに注がれたコーヒーを啜っていると、また、視線を感じたんだ。カタリナだよ。満足げに俺のことを見ていた。

 俺がカップを掲げると彼女も同じようにした。

 それから、彼女にしては珍しく、口を開いた。


「似合うじゃない」


 何がだよ、と返したが、答えはなかった。

 話さなくてもそれで充分。

 いずれわかる時が来る。今日のようにな。

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