宿敵と超えた未来 ─ 転生石田三成の再起 ─
松宮 黒
第1話 雷鳴と目覚め
◇あらすじ◇
関ヶ原の処刑台に立つ石田三成は、雷鳴に打たれ、令和の京都へと転生する。目覚めた先で待っていたのは、かつての宿敵・徳川家康だった──。
◇登場人物◇
●石田佐吉(=石田三成/外見26歳)
戦国末期の智将。忠義と理で生きる男。令和に転生し、再び己の信を試す。
●徳永康秀(=徳川家康)
京都プロセス創業者・会長。かつての“敵”にして、現代での盟友。伏見庵に隠遁中。
◇第1項◇ 死出の刻──関ヶ原・九条河原の雷鳴
西暦1600年、豪雨が激しく九条河原を叩きつける。
風に混じる血と鉄の匂い。泥にまみれた大地は重く、足元から魂を引きずり落とすような沈みを見せていた。
石田三成は、その泥の上に膝をつき、肩を揺らすこともなく処刑台に座していた。
見上げる空は灰色に沈み、雷鳴が何度も唸り声を上げる。
傘をさした民衆たちが遠巻きに見守るなか、彼は独り、天に向かって言葉を放った。
「忠義は……どこへ滅びた」
その声は、もはや怒りでも悔しさでもない。ただ、理を信じて生きた男の、最後の確認のように響いた。
思い返されるのは、かつて内府殿──徳川家康と交わした数々の文書、茶を酌み交わした静謐な時間、そして国の理を語り合った夜のこと。
そのすべてが裏切られ、終焉を迎えた今、三成の胸にあるのは空虚でしかない。
足音。刑吏が近づく。刀が鞘を鳴らす。刹那、空が黒く染まり、風が一瞬止んだ。
──ドグァァァァァァンッッ!!!!!!
黒雲を裂き、天地を震わせる咆哮のような爆音が炸裂した。耳が千切れそうなほどの衝撃音。大地が軋み、空気が破れ、河原の地面が火花と共に吹き飛ぶ。雷撃ではない。まるで神の雷槌がこの世に下されたかのような、破滅と創造の瞬間。
三成の囚人装束が音の圧で裂け、肌に叩きつけるように布がめくれ上がった。民衆たちは咄嗟に耳を塞ぎ、絶叫しながら地に伏した。
熱風。閃光。衝撃波。次の瞬間、世界の色がすべて白く染まり、音すら消える無音の奈落へと三成の意識は投げ込まれた。
天地を切り裂くような爆音。次の瞬間、白光が空を貫いた。
雷鳴というにはあまりにも大きすぎる、その轟音は山々を震わせ、河原にいた民衆が悲鳴を上げて散り散りに逃げ惑う。
稲妻は幾筋にも分かれ、三成の頭上に集中するように閃き、地を砕きながら落下する。
全身が熱に包まれ、皮膚が焼けつく臭いが立ちのぼる。
視界が真っ白になり、地面が爆ぜ、三成の意識はそこで途切れた。
内臓がねじ切れるような激痛が脳髄を貫き、骨の芯にまで轟く衝撃が彼をこの世から引き剥がしていく。
空気が爆発し、時間が裂け、あらゆる感覚が断ち切られる中、石田三成の姿は一閃とともに掻き消えた。
そして、彼は消えた。歴史から。
◇第2項◇ 目覚めの邸──伏見庵・静謐なる異界
ふと、意識が戻る。
白檀の香が鼻腔を満たし、次に感じたのは柔らかな布団の重みと、冷たくも快い畳の感触だった。
三成は、ゆっくりと瞼を開けた。目に映るのは、漆塗りの太い梁、天井に吊るされた現代的な照明。
障子越しに差し込む光は淡く、まるで夢の中のような静謐な世界だった。
《……ここは……地獄ではない……しかし、あの世でもない》
喉が渇いていた。身を起こそうとすると、布団の軋みと共に体に僅かな痛みが走る。
そのとき、ふすまの向こうから男の声が響いた。
「ようやく目覚めたか、佐吉」
その声には聞き覚えがある。だが、はっきりと誰かとは思い出せなかった。
やがて襖が静かに開かれ、ひとりの男が入ってくる。
白髪交じりの髷、和服に身を包み、凛とした佇まいの男。
佐吉はその顔を見た瞬間、声にならない驚きと衝撃に胸を貫かれた。
「……内府殿……?」
その名を口にした瞬間、男は静かに頷いた。
「今は徳永康秀と名乗っておる。そなたを迎えるために、ここで待っていた」
佐吉は言葉を失いながらも、再び目の前に現れた“かつての敵”の言葉を受け止めようとしていた。
◇第3項◇ 違和と孤独──令和の空気と武士の本能
数日が経った。
佐吉は伏見庵の中庭を静かに歩いていた。
しかし、目に映るもの、耳に届く音、肌で感じる空気──すべてが、かつての時代とは異なっていた。
空気はあまりにも澄みすぎており、まるで命の温度を奪われるようだった。
障子を開けて見える外の風景には、直線的な道路、無機質な家屋、そして動かぬ鉄の
塊──車。
風がないのに、微かに唸る音がどこかから響いてくる。
その正体が空調だと知ったのは後のことだった。
佐吉は不意に足を止める。
電柱の先に据えられたカメラが、無機質にこちらを見つめていた。
《……これは、あの乱世には存在しなかった“監視の目”……》
手のひらに汗が滲む。
どこに目を向けても、命の気配が感じられない。戦場の喧騒、城内のざわめき、農民たちの声──すべてがここにはなかった。
「……戦場でも処刑台でもない……だが、生きている……」
その言葉は、虚無に向かって投げかけたものでありながら、自らの存在を確かめるためのものであった。
◇第4項◇ 再起の誓い──現代社会への道標
その夜、康秀は佐吉を茶室へと招いた。
香を焚いた静かな空間に、抹茶の香とともに時が漂っていた。
湯が静かに湧く音、茶碗に注がれる湯の動き──その一つ一つに、康秀の覚悟が込められていた。
「そなたに、ひとつ聞きたいことがある」
佐吉が顔を上げると、康秀の目は静かに揺れていた。
「もし再び、この国のために力を尽くせるとすれば……そなたは立ち上がれるか?」
佐吉は少しの間、返事をしなかった。
手元の茶碗を見つめ、口を開く。
「理を持って国を治めるのが、わたしの信条であります。しかし、それはかの戦で敗れ…」
その声音に、わずかに悔しさがにじむ。
「されど……未だ、世に理が通る道があるのならば……試してみたくはありもうす」
康秀は、茶を一口含んでから、静かにうなずいた。
「京都プロセス──わしが日の本のために築いた城じゃ、佐吉。そなたなら正せるか?」
「今の世は、表の静けさの裏で、人の志が腐りかけておる。理も情も、まことも、声を失うた今だからこそ……忠義こそが、再び道を拓く鍵となる!」
そう言って、康秀は懐から一組の封筒を取り出す。
中には、履歴書、社員証、辞令──すべてが用意されていた。
「見てみよ、この国の沈黙。民はうつむき、上に立つ者すら声を呑んでおる。──じゃがな、佐吉。この時代にこそ、そなたの忠義が必要なのじゃ! わしにはもはや届かぬ場所がある。だからこそ、そなたに命を繋いでほしい。迷わず行け。魂を賭けて、風穴を開けられまいか?」
佐吉はしばし無言のまま、封筒を手に取った。
重みがある。過去ではなく、未来の重さだ。
「……心得ました。忠義の道が未だこの世に残っているならば、我が命をもって歩んでみせましょう」
康秀は深く頷いた。
かつて敵として相対した二人は、令和の世において、同じ道を見つめ始めていた。
◇第5項◇ 令和の戦場──スーツと街と、再びの空
翌朝、佐吉は与えられたスーツに袖を通した。
馴染まぬ布地に違和感を覚えながらも、鏡に映る自らの姿に覚悟を宿す。
ネクタイを締め、社員証を胸に収め、革靴に足を通す。
玄関を開けると、そこに広がるのは金属と硝子で構成された都市の風景だった。
車の騒音、電車の振動、ビルの壁面を這うように動く巨大な電子広告──光と色彩がめまぐるしく切り替わり、人々の目に情報を押しつけてくるような強烈さ。
「戦」ではなく「制圧」──そんな印象を抱く視覚の暴力。
瞬きをする間にも変わる広告の絵面、赤や青の光がコンクリートに反射し、佐吉の黒い革靴にまでその色を染めていた。
この街は、言葉よりも先に視覚が支配する。彼はそれを直感した。
伏見庵の石畳に足を置き、深く一息をつく。
「……これは、新たなる関ヶ原にござるな……」
令和という時代に身を置きながらも、佐吉の胸には一貫した“忠義”が灯っていた。
新たなる戦いが、ここから始まる──。
◇次回予告◇
異なる時代、知らぬ世界。佐吉は新たな忠義を胸に、令和の職場へ足を踏み出す──。
#戦国転生 #企業ドラマ #忠義と制度 #伏見庵 #令和の家康 #京都プロセス
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