縋る手

「夜分に申し訳ございません……迷惑、ですよね」

 そんな事はない、とベッドに座らせる。

「忙しそうにしているのが見えた。大丈夫か?」

 クマのできた顔を撫でると表情を曇らせた。疲れ切った顔をしている。忙しかったからというのはあるかもしれないがもっと心理的に負荷がかかっているように見える。

「……貴方にお話できる範囲ですが、友人……フレデリクが大任を仰せつかったのです」

 腹の中から冷え切ったような感覚がした。

 物語本編が始まってしまった。

「フレ譚」はフレデリクが才能を評価されて任務を任されるところから始まる。前世の自分の感覚ではそれがどのくらい素晴らしいことなのか分からなかったが、少なくとも目の前のダミアンの様子を見ているととんでもない事なんだなと感じる。

「私は誇らしく思うべきです。友人が評価されているのだから……。それでも、思えなかった。何故彼ばかり評価されるのかと思わずにはいられなかった。選ばれた彼の為に色々準備をするのが……苦痛だった」

 ダミアンの声が震えている。これはもう闇堕ち寸前だ。

 それでも変化はある。前世の物語で存在すら確認できなかった隣国の王子……アロイス、つまり私がいる。

 彼は最後の最後に私を頼って来てくれたのだ。ここで失敗してしまえばいずれダミアンは命を落とす事になる。

「嫉妬……私はその感情を決して悪い物だとは思わない」

 ダミアンの手を握る。彼は驚いたような顔でこちらを見る。

「友人に勝ちたいと思ったからお前は頑張った。誰かに認められたいから嫌な仕事もこなした。お前の行動力になっているその感情は一概に排除すべきものではないと考えている」

 前世でダミアンは散々な言われようだった。神様のように上から見た視点では彼を理解する事はできない。人間の醜い感情を持ちながらも前に向こうとしたこの人を私は好きになったのだ。

「それでも傷つかない訳ではない。私からみれば、今のお前とフレデリクは距離をおいた方がいいように見える。それに私はお前が実力に見合った評価をされているとは思えない。私ならお前に見合った評価を与えられる。もっとお前を上手く活躍させられる。……改めて問う。私の国へ来ないか?」

 結局のところこの言葉はダミアンの為ではなくダミアンが好きな自分の為のものかもしれない、どこまでも自己満足な言葉だ。

「……はい」

 だが今はそれでもいい。あのダミアンが首を縦に振った。それで充分だ。とりあえず目先の闇落ちは回避できたと思う。

 「ありがとう。愛しいダミアン」

 感極まって唇を重ねてしまった。流石に怒られるかもと思ったが意外にも抵抗はなかった。キスはしょっぱい味がした。この味は記憶しておかなければならない。またキスをした時この味がしてはならない。

 私がダミアンを幸せにする。

 頬を撫でてやるとダミアンは柔らかく微笑んだ。

 ダミアンは悲劇の未来から完全に回避できた……とまでは言えないが、少なくともあの物語から少し変えることができたと思う。

 まずは第一歩。今はそれを誇ろう。愛しい人との未来のために。

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