帰り道、ココロころころソーダ水

今日の授業はぜーんぶ終わって、鞄の中にはノートと、ちょっぴり眠たい気持ちがつまってる。夕焼け空が、オレンジとピンクの絵の具を混ぜたみたいに、きらきら綺麗。そんな帰り道、わたしの隣には、なんと、斜道誠はすみち まこと先輩がいるんです……!


これって、偶然? それとも、先輩のことだから、また何か企んでるのかなぁ……? なんて、わたしの小さな頭の中は、もうぐるぐる大回転。だって、だってね、下駄箱のところで、「あ、小鞠ちゃんじゃーん。奇遇だねぇ、僕も今から帰るところなんだよ」なんて、ひょっこり現れたんだもん! 奇遇が多すぎます、先輩!


「……そんなに僕と帰るのが嬉しい? 顔、にやけてるよ、小鞠ちゃん」

「ひゃっ!? に、にやけてなんかないですぅ! これは、その、夕日が眩しいだけで……!」


あわてて、ぶんぶんって首を横に振る。うぅ、図星なのかな……。だって、嬉しいんだもん。先輩と一緒に帰れるなんて、夢みたいなんだもん。でも、それを先輩に知られちゃうのは、なんだか、すっごく恥ずかしい。わたしの心臓、また、とくとくって、早鐘を打ってるよぅ。


学校を出て、とてとて歩いてると、角にある自動販売機が見えてきた。喉、渇いちゃったな。よし、今日はちょっと、しゅわしゅわした甘いのが飲みたい気分!


「せんぱい、わたし、ちょっと飲み物買ってきてもいいですか?」

「ん? ああ、どうぞご自由に。……さては、またあの、脳みそが溶けそうなほど甘ったるいイチゴミルクでも買うんでしょ?」

「ち、違いますぅ! 今日はそういう気分じゃないんです!」

「ほう? じゃあ、何? まさかとは思うけど、僕と同じ、大人のビターなブラックコーヒーとか?」


先輩は、にやにやしながら、わたしの顔を覗き込んでくる。うぅ、またからかってるぅ! 先輩だって、いっつも苦そうなコーヒーばっかり飲んでるくせに!


「そ、そんなわけないじゃないですかぁ! 今日は、えっと、ソーダ水にしようかなって……」

「へぇ、ソーダ水。ずいぶん、さっぱりした選択だねぇ。どうしたの? 甘いもの断ちでも始めた? それとも、僕に感化されて、少しは大人になろうと?」

「も、もう! 先輩のせいじゃありません! ただ、そういう気分なだけですぅ!」


ぷくーって、ほっぺを膨らませて抗議するけど、先輩はどこ吹く風。「ふーん、そっかそっか」なんて、全然、信じてない顔してるんだもん。もう!


わたしは、お財布から、ちゃりーんって小銭を取り出して、自動販売機に向かう。えっと、ソーダ水、ソーダ水……あ、あった! この、水色のボタンだよね。小銭を入れて、ぽちっ。


……あれ?


……あれれ?


ボタンを押しても、うんともすんとも言わない。がこん、って音がしないよぅ!


「う、うーん……?」


もう一回、ぽち、ぽちぽちっ!

やっぱりダメ。おかしいなぁ。


「……なにやってんの、小鞠ちゃん。ボタン壊す気?」


いつの間にか、すぐ後ろに来ていた先輩が、呆れたような声を出す。


「ち、違いますぅ! ボタン押しても、出てこないんですぅ……」

「はぁ? ……ちょっと貸してみ」


先輩は、ふぅ、って小さくため息をつくと、わたしの代わりに、もう一回ボタンを、ぐっ、と強めに押した。

……それでも、やっぱり反応なし。


「あー……これ、もしかしてお釣り切れか、ランプついてないけど、売り切れなのかもねぇ」

「えぇー!? そんなぁ……」


しょんぼり。せっかく、しゅわしゅわ気分だったのに……。わたしが、がっくり肩を落としていると、先輩は、自分のポケットから、ちゃり、と小銭を取り出した。


「仕方ないなぁ。僕が何か買うついでに、お釣りが出るか試してあげるよ。……ほら、なんか適当に押しなよ」

「え? え? で、でも、悪いですぅ!」

「いいから、早く。僕、喉渇いたんだよね」


ぶっきらぼうな言い方だけど、その声には、なんだか、呆れた優しさみたいな響きが混じってる気がする。うぅ、先輩って、本当にずるい……。


おずおずと、わたしは、さっきとは違う、隣のレモンソーダのボタンを、ぽちっ。

すると今度は、がこん!って元気な音がして、取り出し口に、ころんって缶が落ちてきた。


「お、出たじゃん。ほら、小鞠ちゃん、これ」

「えっ!? あ、ありがとうございます! で、でも、これ、先輩が……」

「いいって。僕、ブラックコーヒー買うから。そっちは、あげるよ」


そう言って、先輩は、また小銭を入れて、今度は迷うことなくコーヒーのボタンを押した。がこん。黒い缶コーヒーが出てくる。


わたしは、手の中にある、ひんやり冷たいレモンソーダの缶を見つめた。先輩が、わたしの代わりに買ってくれた、ソーダ水。なんだか、普通のソーダ水より、ずっとずっと、特別で、きらきらして見える。


「……あの、先輩」

「ん?」

「あ、ありがとうございます……!」


顔、熱いよぅ……。絶対、また、りんごさんみたいに真っ赤になっちゃってる。でも、ちゃんとお礼、言えた! えらいぞ、わたし!


「……別に。たまたまだよ、たまたま」


先輩は、ぷいって、またちょっとだけ顔を逸らしちゃった。でも、コーヒーを開けるその指先が、ほんの少しだけ、ぎこちない気がしたんだ。……気のせい、かな?


二人で、また並んで歩き出す。わたしは、さっそく、ぷしゅっ、てソーダのプルタブを開けた。しゅわしゅわーって、小さな泡が弾ける音。一口飲むと、甘酸っぱいレモンの味が、口いっぱいに広がって、心まできゅーんって、しゅわしゅわするみたい。


「……で? 結局、甘いんじゃん、それ」


隣で、先輩がコーヒーを飲みながら、また意地悪く笑う。


「だ、だって! これは、レモンですから! 甘酸っぱいんです!」

「はいはい、甘酸っぱいねー」


もう、本当に、先輩ったら!

でもね、なんだか、そのやりとりも、今は全然、嫌じゃないんだ。むしろ、ふわふわして、嬉しくて、くすぐったい。


先輩の意地悪な言葉も、ぶっきらぼうな優しさも、全部、全部、この帰り道の夕焼けみたいに、わたしの心を、あったかく照らしてくれる。手の中のソーダ水は、まだひんやり冷たいけど、わたしの心は、ぽかぽか、幸せな温度で満たされていく。


この、ココロころころソーダ水みたいに、しゅわしゅわ、きゅんってする時間が、ずっと続けばいいのになぁ。

また明日も、先輩に会えるかな。会えるといいな。


……たとえ、明日もまた、先輩の言葉に、あたふた、どきどきさせられちゃうとしても、ね!

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