幻想都市伝説解体録

月尾兎兎丸

プロローグ【幻想都市伝説はそこに在る】

「そっちはどう?」

「このチェーン店のハンバーガーの材料が実は魔物ってやつはどうだ?」

「また食べ物の話! なんかもっとワクワクする、謎ッ! って感じのやつないの!?」

「じゃあ、この聖域の果実に醤油掛けると、高級魚のの味がするってやつは――?」

「いや――また食じゃんっ!」


七理歴2020年。

魔物討伐管理組合ギルド・フィーンベル支部――

その地下倉庫に設けられた、異象解明局総務室にて。


荷物の積み上げられた埃っぽい部屋。

そのど真ん中にドンと置かれた大きい卓で二人の男女が、ぽんぽんと言葉を投げ合っていた。


「もっとこう、魔物とか魔法が関係してそうな都市伝説探さないとダメだよ」

ピンク髪の女性が頬杖をつきながら机の上の分厚いファイルをパラパラとめくる。


「と言われてもな――この膨大な資料と情報の中から“当たり”を探すのはなかなか骨が折れるぞ、パティ……」

前髪の銀髪メッシュが特徴的な黒髪の青年が、小さな手の平サイズの端末を操作しながら言う。


「シノン! あたしたちの仕事は!?」

ビシッとシノンに指を突きつけながらパティは声を張り上げる。


「――“未解決事件”や“街の噂”の中から、“魔物や魔法の関与”が疑われる事件を探し出し調査。その真実を解明すること」

無表情で――しかし、自分の中で反芻するようにシノンは答える。


「そう! つまり都市伝説の解体! 異象専門の探偵ってわけ!」

うんうん、とパティは満足そうに頷く。


「四年前の魔法都市アストラリアの崩壊。そして直後起こった災厄――はい! なんでしょう! シノンくん!」


「世界規模での魔物の出現――」


暇なのか、ノリノリで謎掛けモードに入るパティにシノンが付き合うように答える。

「はいっ! 正解! まだまだ魔物は謎多き存在です。」

眉間に皺を寄せながら、ぴんぽんぴんぽんとやかましいパティ。


「あたしたちは、そんな魔物対策の為の機関、

魔物討伐管理組合ギルドに入社することになりましたっ!」

「日陰部署だけどな」

「はい! それは言わない――!」

ピシッと突きつけるように指を立てるパティ。


「そして、入社するや否や一つの事件をすでに解決済み! スピード解決! パティちゃんすごい!」

ふふん、と胸を逸らせながら得意げなパティ。

少しだけのけぞりながらシノンは続ける。

「そっから、何にも仕事出来てないけどな――」

「だ・か・ら! そろそろ何か見つけないと!」


「とは言っても、表向きの魔物事件は討伐局と勇者様が全部解決してくれるし」

顎に手をつきながらシノンがぼやくと、すかさずパティが反論する。

「リオ先生が言ってたでしょ。力尽くで倒せるような魔物は別として、あたし達の力じゃないと解決出来ない魔物事件がたくさんあるって!」

「問題は、そういう事件は簡単には尻尾を掴ませてくれないってところにあったりする……」

パラパラ――と、ファイルに目線を落としながら、冷静にシノンが言う。

「うぐぐ……正論って時にナイフよ。シノン……」

胸に手を当てながら大袈裟によろめくパティだった。


と、その時――

「あ、待って。来た――あたしの直感能力。港の方。船が見える……」

パティが眉間に皺を寄せながら言った。


「――来たじゃないか。百発百中の事件の匂いが」

シノンがニヤリとパティを見つめる。

それに応えるようにパティが大きく頷く。

「“ぬるぬる様”“切り裂き魔”ときて――またパティちゃんの事件解決ファイルに新たな謎が加わる時が来たわね」


「よし。じゃあ、今日はとにかく足で情報を稼ぐか。パティの“驚異的な第六感”の能力を信じてな」

「お! いいね! じゃあ今日は港の方まで情報収集だ! レッツゴー!!」

ふたりが椅子から立ち上がり部屋を去っていく――


――扉が閉まった静かな部屋。

そこにはまだ解かれていない謎の気配だけが、かすかに残っていた。



そして……

時は異象解明局の設立前の話に遡る――


これから語られるのは、全ての始まり……

一つの都市伝説が解体されていく話――

* * *

ムーンシェイドの禁足地。

真っ暗な洞穴の中に――パティは立っていた。



ここは――禁足地への横穴?


――家を出てからの記憶が、ぼやけてる……


どうやってここに来たのか、何故ここにいるのか――

何も思い出せない。


昨日、一度ここに来て――

その時にぬるぬる様に呪われちゃったの?


思案するが、思考は定まらない。


その時――


肌に、何かが触れた――気がした。

ぬるりと、粘りつく。

力が、抜けていく。


身体が――動かない。


――なにこれ。


空気が、重い。

湿って、まとわりつく。


視界の先には“闇”――

何も見えない……。


でも――

何かが“いる”?


目を離したい。

でも、そうするわけにはいかない。


目を逸らした瞬間に、そいつに取り込まれてしまう気がしたから――




ぞぞぞぞぞ――!!



足元を何かが這った……


なんで!? 足元!?


しかし――足元だけじゃ無い。

ねばつく感触は上から、左右から、後ろから――

 

怖い……!


嫌だ……!


でも、脚が動かない――!


感触はする。でも、何かはわからない。

見えない……!

でも、いる。怖い……!



するとまとわりつくそれが動きを変えた――

形容し難い感触が身体をなぞる……


ただ恐怖を与えるかのように……

うねうねと、ぐねぐねと、ぐちゃぐちゃと――


そして――次の瞬間……


ぼとり――と


目の前に何かが“落ちてきた”。

真っ暗な視界の中で何故かそれははっきりと見えた。


粘質な不定形の何か。それがおぞましく、蠢く。


ぐねぐねぐねぐね、と。

狂気的に、揺らぐ。


と――粘膜に水泡が膨らんだ。

ひとつ、ふたつ、みっつ――


それらは瞬く間に膨らみ、


ぼこっ――ぼこっ――と音を立てて弾ける。


そして――




粘膜の奥に、無数の“眼”が生まれた――





洞窟の静寂に、ただ脈打つ音だけが響いた。


ぼこっ。ぼここっ。ぼこぼこぼこ――


ひとつ、またひとつと、脈打つように開いていく。


ぼこっ――ぼこぼこぼこっ――!!


いくつもいくつもいくつも。目が生まれる。



そして――

無数の視線が、


ズズズ……と――

一斉にこちらを射抜いた。




あたしを、見ている。

全部、あたし を、。 み――



思考が凍る。

心臓がどくりと裏返ったみたいに跳ねる。




――めが めが めが めが めが めが めが


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――!


とにかく叫ぼうと、喉に力を込めた。

けれど――




ぐちゅり。




背筋に、冷たい何かが這い寄った。


喉がヒッ――と鳴り、そのまま動けなくなる。


首筋に、ぬらりとした紐状の何かが纏まりついた。

粘液まみれのそれが、皮膚に吸いつき、

じわじわと締め上げる。


息ができない。

声も出ない。


身体の芯から、何かが抜けていくのを感じる。

触れられるたび、感覚が溶ける。


視界がにじむ。

白く、溶けるみたいに。



――ぬるぬる様。


 


やっぱり、ただの噂じゃなかった――



――ごめんね、マシュウ――



――ごめん、リオ先生、お爺ちゃん――



――たすけて、シノン――




そして――

物語は、あの事件が“まだ噂だった頃”へと更に遡る。




* * *



幻想都市伝説解体録――


これは、“都市伝説”と呼ばれる異象を解体し、

現象の裏に潜む“魔法理論”を紐解き、

世界の真実を白日のもとに晒す――


そんな、“幻想と真実の境界”を暴く推理譚だ。

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