第19話 虚弱聖女と国王の帰還
ラメンテの背中に乗って、私たち三人はお城に戻ってきた。
私が初めてここにやってきたときと同じように中庭に降り立つと、私たちの到着に気づいた人々が、中庭に集まって来た。
だけど、私が初めてやってきたときよりも、人数が明らかに多い。城内の全ての人々が集まったんじゃないかと思うほどの大人数だ。
ラメンテが戻ってきたらすぐに出てこられるよう、気を配っていたのかも知れない。
私たち身体がふわっと持ち上がり、地面に着地した。
レイ様の姿が人々の前に現れた瞬間、
「陛下!」
「レイ様っ!!」
この場にいた者たちが口々にレイ様を呼んだ。
中には、布で目元を覆っている女性もいる。泣いている女性たちの中に、ティッカさんの姿もあった。安堵したのか、膝から崩れ落ちそうになっているところを、他の侍女たちに支えられていた。
皆、本当に心配していたことが、目の前の光景から伝わってくる。
そして同時に思う。
ルヴィスさんが言っていたことは、本当だったのだと。
皆、レイ様を慕っていたからこそ、彼を死なせないために、レイ様を憎む演技をしていたのだと。
人垣が突然二つに割れ、道が出来た。
現れたのは、レイ様の叔父であるローグ公爵だった。彼も明らかに焦った様子を見せていた。
レイ様を叱責していた人物と同じとは思えないほどの豹変だ。完全に、甥っ子を心配する身内の表情をしていた。
……いえ、これがこの方の本来の姿なのだろう。
「レイっ!」
耳をつんざくような大音声が響き渡った。
それを聞いたラメンテの尻尾が驚きで膨らみ、私の肩が跳ねる。だけどレイ様は、苦笑いを浮かべただけだった。
呆れを滲ませながら、駆け寄ってきたローグ公爵に言う。
「相変わらず、声がでかいな、叔父貴は。俺は慣れているが、ラメンテとセレスティアルがびっくりしてるだろ」
「お、お前のせいだろうがっ!!」
次の瞬間、ローグ公爵のげんこつがレイ様の脳天に炸裂した。
レイ様は、あぁっ……と呻き声を上げ、頭を抱えながらその場にしゃがみ込んでいる。
もの凄く痛そうな音が聞こえたけれど、だ、大丈夫?
しかし、レイ様の隣にいたルヴィスさんは、何も言わないどころか、その瞳からは「自業自得だ」という心の声が伝わってきた。
容赦が無い。
げんこつを食らわせて少し気が済んだのか、ローグ公爵は私とラメンテに向き直ると、深々と頭を下げた。
「お見苦しい場面をお見せし、申し訳ない。ラメンテ様、セレスティアル様。我が甥が、お二人に大変なご迷惑をかけた」
「い、いえ……」
「う、うん……僕たちは、だ、大丈夫だから……」
謝られているのは私たちなのに、こちらの方が申し訳ない気持ちになるのは何故だろう……
そんなことを考えながら、ローグ公爵の謝罪に苦笑するしかなかった。
痛みが治まってきたのか、レイ様は若干瞳に涙をにじませながら、ゆっくりと立ち上がった。
そんな彼の両肩を掴み、ローグ公爵がうなだれる。レイ様の肩にご自身の頭を乗せ、先ほどとは違う、弱々しい声色を吐き出した。
「……レイ、今まですまなかった」
公爵の懺悔の言葉は、この場にいた人々の耳にも届いたようだ。
皆が一斉に跪き、深々と頭を垂れた。これだけの大勢の人々がほぼ同時に跪く光景は、圧巻としか言えなかった。
そっとレイ様を盗み見る。
レイ様は少しの間だけローグ公爵、そして跪く人々を見つめていた。ただ黙って見つめてーー瞳を閉じた。
真っ直ぐ結ばれていた唇が僅かに緩んだのを、私は見逃さなかった。
彼が何を思ったのかは分からない。
だけど私には……今まで秘め続けてきた重苦から解放され、安堵しているように見えた。
レイ様は、常に気丈に振る舞っていた。
細かいことは気にせず、おおらかで、豪胆で、彼の前ではどんな悩みも些細なことだと思えるほどだった。
しかし、本当は違ったんだわ。
ずっとずっと、辛かったんだ。
自分で選んだ道とはいえ、守るべき民から憎まれ、恨まれることが辛くて……でも決してそれを表に出すことはなかった。
そんな彼の心境を思うと、胸の奥が苦しくなる。
レイ様が背負う重責を少しでも軽くするために、私に何か出来ることはないかと、おこがましくも考えている自分に気づく。
だけど、レイ様が本心を見せたのはほんの一瞬。次には、いつもの気さくなレイ様に戻っていた。
ローグ公爵の肩を掴んで身を離すと、裏表のない満面の笑みを浮かべて言う。
「全ての事情は、ルヴィスから聞いている。俺こそ、皆を欺いてすまなかった。それにしても、どうして俺の演技が見破られたんだ? 鏡の前で練習していたときは、完璧だと思ったんだが」
「……ならその鏡か、鏡を見て完璧だと判断したお前の目が曇っていたんだろ」
容赦ないローグ公爵の突っ込みに、周囲の人々の唇から、噴き出す音が洩れた。
場の緊張感が一気に緩む。
レイ様は跪いたままの人々に立つよう促すと、皆に視線を向けながら訊ねた。
「一度王位を捨てて城を去った俺だが、また戻ってもいいだろうか?」
場が静まりかえリーー次の瞬間、歓声と割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
レイ様が、本当の意味でルミテリス国王に戻られた瞬間だった。
ローグ公爵も、
「わしも、いきなりこの歳で王位を譲られても困るからな。ローグ家も息子に譲る算段がつき、やっとゆっくり出来ると思っていたのに」
と、カラカラ笑われていた。が、
「いやいや。叔父貴にはこれからも、ルミテリス王国のために働いて貰うからな」
「ちょっとは年寄りを大切にしろ。散々お前の父親にこき使われたのに、まだ酷使するつもりか!」
「あれだけの強さで殴れるなら、まだまだ元気だろ。身体は使わないと、すぐに衰えてぼけるぞ?」
「はっ? ぼける? わしがぼけると言ったか、レイ? わしはまだそこまで耄碌してないぞ!」
「なら……」
という言い合いを繰り広げ、レイ様に上手く仕事を押しつけられていた。
ローグ公爵がゆっくり出来るのは、まだまだ先になりそう。
私の視界の端で、ラメンテの尻尾が揺れているのが見えた。少し泣きそうな、でもとても喜びに満ちた少年声が、私の名を呼ぶ。
「……セレスティアル、本当にありがとう。レイを救ってくれたのは……君のおかげだよ」
ラメンテの言葉に、私は静かに首を横に振る。
「いいえ、レイ様が皆に愛されていたからよ。私は……何もしてない」
「セレスティアル……」
「そんなことありません」
ラメンテとの会話に割って入ってきたのは、ルヴィスさんだった。
彼は右手を自分の胸の前に当てると、私に向かって深々と礼をした。冷然としつつも、芯のある声が、私の耳に届く。
「あなたが来てくださらなければ、このような円満解決には至らなかった。もしかすると、レイは諦めて途中で命を投げ出していたかもしれません」
「そうだよ! セレスティアルが来てくれたから……そして僕の聖女になるって決めてくれたから、全てが丸く収まったんだ! 誇っていいんだよ。君がレイの命を救い、そしてルミテリスの民とレイの心を繋いだんだって!」
「そんな……」
褒められても、素直に受け入れられない自分がいる。
思い出すのは、クロラヴィア王国で過ごした辛い日々。疎まれ、虚弱で役に立たないと罵られ、最後は捨てられた。
その記憶は、今でも心の奥にくすぶり続け、縛り付けている。
自分のおかげだなんて、口が裂けても言えない。
こんな馬鹿なことを言って、嫌われたくない……
ラメンテの瞳が細められた。
少し濡れた鼻先を、私の手にすり寄せると、優しく言った。
「セレスティアル、大好きだよ」
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