第16話 虚弱聖女と禁忌
ラメンテは、レイ様の傍に近寄ると身をすり寄せ、どことなく哀れむような表情で彼を見つめる。
「……レイ、そんなことを考えていたの?」
「ああ、一時な。国を救うには、それしか方法はないと思っていた」
頷いたレイ様に迷いはなかった。
「ど、どういうことですか!? レイ様がルミテリス王国のために死ぬって……」
部外者だと分かっていたけれど、訊ねずにはいられなかった。
答えてくれたのは、ラメンテ。
「守護獣に力を与えられるのは……実は聖女だけじゃないんだよ」
「えっ?」
聖女だけじゃ……ない?
予想だにしなかった返答に、私は驚きの声を上げてしまった。そして次に沸いて出てきた疑問を口にする。
「聖女以外にも守護獣様に力を与えられるって、一体どういう方法で?」
嫌な予感がした。
だってラメンテに力を与える方法が他にもあるなら、ルミテリス王国が衰退するはずがないから。
レイ様が悪役になって、民たちからの憎しみを一身に引き受けることだってなかったはず。
その方法がとられていないと言うことは――何か理由があるはず。
ラメンテの金色の瞳が鋭くなった気がした。
「……人間の生命力――つまり、僕に命を捧げる方法だよ」
嫌な予感はしていたけれど、まさかここまでとは……
言葉を失っている私に、ラメンテがさらに続ける。
「守護獣に力を与える方法は、聖女から以外に、普通の人間から命を捧げられることでも可能なんだ」
「命を捧げるって、どうやって……」
「僕の血を飲むと特別なつながりが出来るんだよ。だけどこれは……恐らく、やっちゃ駄目なことなんだと思う。理由は分からないけれど……もの凄く嫌な感じがするから」
そう話すラメンテの身体が、僅かに震えているように見えた。恐ろしくて震えているように見える。
人間の命で力を与えて貰うことは、ラメンテにとって恐怖を覚えるほど何か良くないことみたい。
だけど私からの視線を感じ取ったのか、慌てて、
「あ、聖女の力は大丈夫だからね! 聖女の力は、安全に守護獣に力を与える正しい方法なんだと思う!」
と言っていたけど。
続けて話し出したのは、ルヴィスさんだった。
「その話をラメンテ様からされたとき、レイは私に言ったんです。自分の命をラメンテ様に捧げて、国を救うと。それが国王となった自分の役目だと……」
「大層だな。別に命を捧げたらすぐに死ぬわけじゃない。じわじわ生命力が奪われ、早死にするぐらいだ。それに、俺の命一つで百年ほど結界が維持出来るなら、安いものだろ」
「全くお前ってやつは……」
全く悪びれた様子のないレイ様を睨み付けながら、ルヴィスさんが言葉を続ける。
「だから私はレイを説得しました。それは最終手段だと。ならレイはひとまず、国が衰退して絶望している民たちを力づけるため、自分が悪役になると言い出して……」
「絶望して無気力になるよりも、怒りを持っていた方が生きる気力になると思ったからな。だから俺がラメンテの力を独占していると噂を流させ、民たちから倒すべき悪役国王と思わせるようにしたんだ」
レイ様が誇らしげに胸を張る。だけど、
「……ま、すぐに皆から嘘だってばれていたけどな」
と、ルヴィスさんに突っ込まれると、ガクッと肩を落とされた。
ルヴィスさんの説明はこうだった。
レイ様がラメンテに命を捧げて死ぬことを避けるため、レイ様が悪役国王になる手伝いをしたらしい。
しかしレイ様の性格を知っている周囲の人々は、彼が嘘をついていると即時に見抜き、ルヴィスさんに相談。
もし悪役の演技がばれているとレイ様が知ったら、今度こそ本当にラメンテに命を捧げてしまうかもしれないからと、皆で騙されたフリをしようと決めたらしい。
「しかし国の問題は、セレスティアル様が現れたことで解決しました。だから今日にでも真実を明かそうと思っていたのに、まさかこんなにも早くレイが行動するとは……」
「ま、思いついたら即行動が俺のモットーだからな」
「それが今回裏目に出てるからな!」
レイ様を睨み付けながら、ルヴィスさんが突っ込み、話は終わった。
そういうことだったのね。
レイ様が悪役を演じていたのは民たちに生きる気力を持って欲しかったから。
民たちが騙されたフリをしていたのは、レイ様を死なせないようにするため。
騙したり、騙されたフリをしたこと事態は、良くないことだとは思う。だけどお互いがお互いを思いやった結果だと考えると、良くないことだと一言で片づけられないように思った。
レイ様が国を愛し、
国民もレイ様を愛しているという証明に他ならないのだから。
「だからもう、悪役を演じる必要はない。戻って来い、レイ」
「いや、置き手紙もしてかっこよく出て行ったから、今更戻るのも恥ずかし――」
「恥じらうような繊細な心の持ち主でもないだろ、お前は!」
「……いやいや、お前、俺のことをなんだと思ってる?」
呆れたようにレイ様がルヴィスさんに突っ込んでいる。だけどその表情は少し嬉しそうで……
そして少しの間の後、
「……本当に、戻って良いのか? 俺なんかが国王のままでいていいのか?」
静かな呟きに、ルヴィスさんが力強く頷き返した。
「当たり前だ。皆もそう思っている。ローグ公爵なんて、昨日自分が言いすぎたんじゃないかって落ち込んでおられたぞ?」
「あー……そうか。あれも演技だったのか。すっかり騙されたな」
「それに、これから安定したルミテリス王国で穏やかな余生を過ごそうと思っていたのに、急に国を任されて困るとも仰っていたな」
「その考えは、王族としてどうなんだ……」
レイ様が苦笑いを浮かべた。
良かった。
レイ様、城に戻ってこられるのね。
安堵の気持ちが心を満たす。
その気持ちが、自然と笑みとなって表に出る。
レイ様と国民たちの関係を、正しい形へ戻すことが出来た。それだけで、聖女になって良かったと思う。
それに……二度と会えないかもしれないと思ったレイ様と、また会えたことが、とても嬉しい。
あれ? 何か目の前がぼやけて……
「セレスティアル? ど、どうした!? 突然涙を流して!」
レイ様の慌て慌てふためいた声色に、初めて自分が涙を流していることに気づいた。
気付きと同時に、心の奥底に留めていた本心が言葉になって涙とともに零れ落ちる。
「本当に……本当に良かったです、レイ様。心配したんですから……本当に、突然いなくなって、心配したんですから……」
「わ、悪かった。だけど君には、手紙を残していたはずだが?」
「えっ? 手紙?」
そんなのあった?
私の心の声が顔に出たのか、レイ様は苦笑いをした。
「昨日の夜中、君の部屋のテーブルの上にこっそり置いていたはずだ。俺が城を出ることもそこに書いてあった。君に心配かけないように」
「み、見てません、けど?」
「おかしいな。確かに手紙を……」
と言いかけて、ズボンのポケットに手を入れたレイ様の動きが止まった。ポケットから引き出した手が握っていたのは、白い封筒に入った手紙。
レイ様の顔が、みるみるうちに、やってしまった……という表情へと変わる。
「すまなかった。つい、手紙を渡しそびれていたようだ。だが、もうこれも必要ないだろう」
手紙をクシャッと丸めると、レイ様は再びポケットに入れてしまった。
それにしても、何故私には手紙を書いてくださったの? 普通手紙を書くなら、親しい関係であるルヴィスさんだと思うのだけれど。
レイ様の手が伸び、私の頬に触れた。涙の筋を指で拭い、申し訳なさそうにこちらを見る。
「本当に悪かった。だから俺を、嫌いにならないで欲しいんだが……」
「き、嫌いになんてなりません! だからもう、黙っていなくならないでください」
「ああ、約束する。ずっとそばにいることを」
「絶対ですからね? 今回みたいに一人でお城を出ないでくださいね?」
「もちろんだとも」
良かった……
ここまで断言してくれたのだから、今回みたいに、黙ってラメントやルヴィスさんの傍を離れたりしないはず。
神妙な面持ちで深く頷くレイ様を見て、彼の本気を見た私は、今度こそ本当に胸を撫で下ろした。
それにしても、レイ様が私に渡そうとした手紙には、何が書いていたの?
気にはなったけれど、それを問う勇気は私にはなかった。
ただルヴィスさんだけが、
「これは完全に……だな……」
と、何故か呆れたようにため息をついていたのが印象的だった。
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