レプリカ

猫柳蝉丸

本編


「最小型左下方ッ! 数十七ッ!」


「分かってる! そっちは任せるッ!」


「手を抜かないで!」


「抜いてるわけじゃない! 上からレーザー級が来てるんだよッ!」


「そんなのバズーカで吹っ飛ばしちゃってよ!」


「そんなもんさっき使っちまったよ!」


「またヒロキったら後先考えないんだから!」


「うるせえ! おまえだってさっきマシンガン使い捨ててただろうが!」


「アタシはいーのよ! 重くなるから軽量化のために捨てただけなんだから!」


「何をう!」


「何よ!」


 文句を言いつつ、俺は手持ちのバズーカの砲身をそのままレーザー級に投げつけて撃沈する。

 どんな仕組みだったか忘れたが、ふわふわ空を浮いてる奴なんて投石もとい投擲で十分だ。

 バズーカの重量は半トンを超えていたはずだが、最新型のアームのおかげか特に負担も無く投擲できていた。科学万能の時代ってやつだ。

 ふと視線を左下方に向けると、最小型もいつの間にか全部手榴弾で吹き飛ばされていた。

 文句を言いながら仕事はしっかりこなす。さすがはミーナだ。伊達に俺と長年コンビを組んでいない。まあ口に出して言ってはやらないが。

 代わりに俺は複座の後部座席に視線を向け、ミーナに尋ねてみる。


「これで半分は撃墜できたか?」


「待ってよ、今索敵してるんだから」


「早くしろよ」


「分かってるわよ。でも索敵は確実にしないと。アタシ達、それで前に痛い目見てるでしょ?」


 言い返せなかった。あの時、俺が索敵を疎かにしたせいでミーナは……。

 当たり前だが、後部座席のミーナの表情は変わらなかった。

 軽く微笑んだような声を出してからミーナが続ける。


「索敵終了。潜んでるMCは居ないみたいね。潜んでないだけで残り三百十四体残っているけどね」


 MC――モンスター・クラウド――、三十年前突如世界に出現した敵性生物。名前を聞くだけで苦虫を噛み潰したくなる。

 雲と共に現れ、人間だけを殺戮し、死体すらも弄び、生命力切れを迎えるか雲が消えると共に消える人類の天敵。

 モンスター・クラウドって名前のくせに天使みたいな神々しい姿を象ってるのが腹立たしい。まあ多分奴らの精神攻撃なんだろう。

 俺とミーナは……、いや、ほぼ全人類が家族や大切な人を奴らに殺されている。

 許せないし許さない。その裏にどんな事情があろうとも知ったことではない。

 奴らの正体は未だ不明だが、根絶してみせる。絶対に。俺とミーナの二人で。

 だが、気負い過ぎるのもよくないだろう。俺は軽く深呼吸してから何とはなしに呟いた。


「三百十四体か……、まあ少ない方だよな」


「そうね。前回の戦線は三千体超えだったものね。バランスを考えてほしいわ」


「おかげで俺たちの活躍がやっと認められて最新装備を整えられたけどな」


「それは確かに助かるけど……、犠牲も忘れちゃいけないのは分かってるわよね?」


「分かってるよ。忘れるはずないだろ?」


「それならいいのよ」


 ミーナが軽く微笑んで、俺は決意を新たに拳を握り締める。

 前回の戦線――掛川防衛戦線――はまさに壮絶だった。掛川はほぼ壊滅。銃後の避難はほぼ完了していたものの、戦死者の数は五千三百十二人を数えた。確認できただけでそれだ。行方不明者や関係死を含めると戦死者の数は跳ね上がるだろう。

 俺も左手と右足を失い、ミーナもまた多くの物を失った。最新鋭の義手と義足が支給されたのは助かるが、そういう問題でもないだろう。痛くて死ぬかと思ったしな。この恨み晴らさでおくべきか。

 だが、最新の複座型のAS――アサルト・スレイヤー――のブリューナクをようやく配備してくれたのだけは僥倖だった。

 全長二十一メートル。総重量五十二トン。これまでのASを遥かに上回る大きさで、まさに人類の切り札と言っていい。一体につき天文学的な予算が必要らしいが、つまりは俺とミーナがそれだけ期待されてるってことだ。

 数時間前、初稼働してみた時には驚いた。MCの最小型をキック一発で薙ぎ倒せるなんてな。

 ちなみに鬼を模したようなその機影を気に入っているのは、ミーナには内緒だ。あいつ普段からもっと可愛い機体がいいってうるさいからな。何だよ可愛い機体って。あんな性格しといてぶりっ子かよ。

 不意に。

 そのミーナが他に誰も居ないのに、声を潜めて呟いた。


「ねえヒロキ」


「何だよ」


「今更だけどアタシ達って組んで長いよね」


「中学の頃からだから……、もう五年か。おまえとこんなに長い付き合いになるなんて思ってなかったよ」


「アタシ達喧嘩ばっかりだったでしょ? それこそ取っ組み合いの殴り合いも一度や二度や三度じゃなかったよね」


「おまえが俺をポンポン殴るからだろうがデカ女。女で百八十センチ超えって何食ったらそうなるんだよ」


「別にデカくなりたくてデカくなったんじゃないわよ」


「分かってるよ」


 そうだ、分かってる。長く組んでるんだ、分かってるんだよ。

 ミーナの奴が可愛い物好きなこと。本当はもっと背が低く産まれたかったこと。ずっと戦うのが怖かったこと。

 口には出さないけど、俺だって分かってるんだよ。

 だから……。

 けれど俺が何かを言う前に、ミーナはブリューナクを跳躍させていた。


「何だよいきなりッ!」


「こっちに向かってくる敵影を確認したのよ。総数二百七十七。どうやら総攻撃を仕掛けてきたみたいね」


 俺の方のセンサーには何の反応も無かった。

 だが、ミーナがそう言うのならそうなんだろう。

 ミーナはそのためにブリューナクに搭載されてくれているのだから。

 俺はブリューナクの背中に背負わせていた超硬度大太刀を抜き、ビルの屋上に陣取ってからMCの突撃に備える。


「近接戦闘で往くぞ、いいな?」


「何度も言ってるけど、総攻撃してくる相手には遠隔攻撃が基本だって分かってるわよね?」


「おまえこそ分かってるんだろ? 俺は近接戦闘の方が遠距離より百倍強いんだよ」


「分かってるわよ、言ってみただけ」


「じゃあ往くぜ、斬り忘れたMCは全部ミーナにお任せだ」


「はいはい、お手柔らかに」


 そうして俺たちはMCに突撃していく。

 いつも通り、いつもの二人で――。



     ◆



「なあミーナ」


 突撃してきたMCを一体も逃がさず殲滅してから、俺はつい口にしてしまっていた。


「何よ」


「さっきおまえが昔の喧嘩の話をしただろ?」


「したわね」


「デカいおまえの拳は痛かったけど……、楽しかったよ。俺相手にあんなに本気で向かってくる奴なんて他に居なかったもんな」


「あんたもアタシほどじゃないけど中学生にしてはデカかったからね」


「また……、殴り合えると思うか?」


「どうかしらね。ブリューナクの拳でよければ殴り合ってあげてもいいけど」


「それは勘弁してくれ」


 俺は後部座席に視線を向けて苦笑したが、後ろのミーナは微動たりともしなかった。

 当たり前だ。そこに座っているのはミーナの抜け殻なんだから。

 前回の掛川戦線、俺たちは多くの物を失った。俺は左手と右足、ミーナは全身のほとんどを。それでも俺たちは戦うことを選んだんだ。他の誰でもなく自分たちのために。

 俺は義手と義足を手に入れ、ミーナは脳だけを摘出しブリューナクに搭載させた。結果、機体の反応速度は大幅に上昇したってわけだ。操作コンソール無しに直接機体を動かせるんだ。速いに決まっている。

 後部座席に残されたミーナの身体を座らせるのは、上層部に無理矢理認めさせた。死体を弄ぶMC相手には囮になるし、俺もミーナも後部座席にミーナの身体が座っていないのはしっくりこなかった。


「綺麗だね」


 不意にミーナがブリューナクの合成音声でそう言った。


「何が?」


「夕陽」


 言われて初めて気付いた。

 戦線は傷ついてはいたものの、掛川戦線が比べ物にならないくらいには原型を留めていた。戦線の規模こそ違うがまず完勝と言っていいだろう。

 だから、夕陽に……泣き出したくなるほど綺麗な夕陽に気付くことができたのだ。


「ああ、綺麗だな……」


「でしょ?」


 しばらく夕陽に見入った後、ミーナが続けた。合成音声ながら悲壮感も何もない希望に満ちた声色に聞こえた。


「ねえヒロキ」


「何だよ」


「勝とうよね、絶対」


「……当たり前だ」


 そうだ。当たり前だ。

 俺たちは多くの物を失ったが、多くの力を手に入れた。

 MCの数千体なんて大した敵じゃない。目を瞑ってたって長年の経験とミーナのサポートで戦っていけるくらいだ。

 その先に俺たちが再び触れ合える未来は無いけれど、この戦争には勝てるだろう。それこそ俺とミーナの望んだ未来なんだ。


 そうして俺たちは長い間――夕陽が落ちて司令部に呼び戻されるまで――何も言わずに二人の未来に思いを馳せた。

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レプリカ 猫柳蝉丸 @necosemimaru

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