余話 真紅の問答

 もう、どうでもよかった。

 

 ——— あなたが、いてくれたなら。


 自分がいたからと言って、どうだというのだ。この両手は壊すことしかできないのに。


 ——— あなたが、戦っていれば。

 ——— その異能があれば、あの人は助かったのに。

 ——— あなたは、なぜ足を止めたの?


 壊すだけのこの両手で戦え、と。形のある影が自分を取り巻いている。幼いころから、そんな日々を繰り返していた。その影がついに自分の背を追い抜いていった。幼いころなら、烏合の衆の声など耳を貸さなかったのに。


「だから、どうだというのだ」

 その声から、視線から目を背けたくて、気づけば山奥に来ていた。帝都から遠く離れた静かな、人の手の届かない原始の山がそこにある。自分を餌だと思って襲い掛かってきた異形は全て灰に変えた。手ごたえのない塵芥を横目に、足を止めずに歩いた。

 

 はた目には子供の癇癪にしか映らないだろう。でも、こうでもしないと自分の気持ちの置き場が分からない。壊すだけの異能を人の多い所では使うわけにはいかなかった。そんなことをすれば、余計に影は自分を囲んだろう。

 それに比べ、この山の静けさは頭を丁度良く冷ましてくれる。


 炎で渦を描き、熱風で木々をさざめかせる。

 雷で空に閃光を走らせる。


 しばらくそうしていただろう、自分の耳に聞きなれない声が聞こえてきた。

巫山戯ふざけて遊んでいる場合か、小僧』

 誰だ、と辺りを見渡してもあるのは木ばかりだ。自分が呼んだ黒雲のせいで、辺りの視界が悪いせいで声をかけてきた相手の方向すらつかめない。

「小僧ではない」

『そうやって、戯れに某の山を破壊して回っておいて遊んでいないだと? 戯け』

「”山守”か?」

 問いかけてみたが、疑心の方が先に立つ。この山の”山守”はこんな冷めた声はしていない。それに、己のことを”某”などという人間にあったためしがない。

『然り。某はこの山の”山守”である』

 木々のざわめきの合間に聞こえてくるその声に、気づけば手を止めていた。

『小僧。何故某の山に来た。かつてこの山に来たゆえ通したが、これ以上山を汚すつもりなら、”山守”の掟にならい、お前をこの山に閉じ込める』

 その怒気のはらんだ声に、張り詰めた感覚の糸が緩んでいくのを感じた。ゆるんだ感覚のおかげで、空気の湿っぽさや踏みしめている土の硬さを感じることができた。


『小僧、問う。お前は何ゆえこの山に来た』

「己の力を試しに」

『つまらぬ答えをするな。そうではないだろう。お前は”山守”の山に踏み入れた。なれば、その心の内すら山に悟られると心得よ』

「……影が」

 とっさに口を出てしまったが、こんな曖昧なことを言ってどうなるのだろう。そもそもここに来たのも、それに居心地の悪さを感じたからだ。

『なれば問う。お前はその影を見てきたか? 本当にそれは影なりや?』

「…………?」


『お前のその手は、真に壊すだけの物なりや?』

「そ、それはっ!!」

 否定しなければ、という気持ちとそれを立証する物がないことに愕然とする自分がいた。壊すだけのものだと思いたくないのに、それに代わる目的を見いだせない。

『左様ならば、小僧。また相見える時、その魂が咲き誇るものであるように』

「ま、待て! お前は何者だっ!!」

 その声に答えはなく、気づけば目の前に飛び込んできた赤に息をのんだ。山の中腹にある湖だ。いつの間にかこんな深くまでやって来ていたのだろう。鮮やかな見ごろを迎えた紅葉が湖面を彩っていた。


「私に……その答えが見つかるのか?」

 咲き誇るだけの魂が己にあるのだろうか。分からない、とつぶやいて少年は一人湖面にたたずんでいた。

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白銀の狼王に餞を 一色まなる @manaru_hitosiki

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