第10話 株守の綻び 生々流転
美世が焼リンゴに舌鼓を打っている丁度その頃、清霞と茂治は山を警戒しつつ進んでいた。あと数日で満月になるおかげか、辺りはとても明るい。隣を歩く人の顔もよく見える。
今日を含めて三日間、山を探索していたが何もない。ここが普通の山であれば、人海戦術で探れるだろうが、ここは”山守”が管理する異形がひしめく山。並の術士では、この山で一晩明かすことも難しいだろう。
それに”山守”が見逃してくれる人数にも限りがある。
「今日で3日目だね。相変わらず式の反応は鈍いかい?」
「そうですね。試しに別の術式を組んでみたのですが、それも看破されているようでして」
「やはり……”門番”以外の存在も考えないといけないかな」
ただの異形であれば、清霞の式で十分に対処できる。先ほども集団で襲ってきたが、ものの数分で全滅することができた。
「後門以外の存在?」
「ええ。例えば———ほかの”山守”の介入……考えたくありませんが」
「それは、不可能に近いのでは?」
「確かにそうだ。”山守”は己の山を出てしまえば並みの術者と変わらない」
”山守”の術式について、多くは明らかになっていない。ただ、茂治の話によれば、大まかに分けると3つに体分されるそうだ。
一つ、陣地の作成。
結界術式から発展した、陣地という安全地帯をつくる術式。”山守”はその性質上、異形に常に狙われている。その為に、結界を広げ安全地帯を確保する必要がある。家を結界で守るのではなく、結界を家として機能させている。その為、術式を組みかえれば、配置も家具も自由に作り替えることができる。
(家ではなく、結界だから好きなように外見や内装をいじれるわけだ……)
子どもの頃、”帝都の子は池では遊ばないと聞くから、『ぷうる』というものを作ってみたんだよ”と言われた時は、さすがに引いたが。
二つ、山の動植物の管理と操作。
これも式を操る術式から発展したものだ。”山守”が管理する山にあるすべての動植物を操ることができるし、ある程度の意思疎通までこなせるものだ。先日、久堂の屋敷に滝が遠隔操作する蛇がやってこれたのもそのおかげだ。
手始めに、白蛇を操る術式を滝が埋め込む。次に、茂治が”山守”の術式でそれを管理する。並の生き物に二重に術式をかけると、それに耐えきれずに爆散しかねないが、そこは熟練の異能者だからだろう。
三つ、”門番”との意思疎通。
これが”山守”が”山守”たる要因だ。”門番”は通常の生き物とはまた別であるが、異形ともまた異なるものだ。零落した神の姿であるとか、あるいは古代の忘れ去られた異能だとか、その正体は未だに分からない。だが、”山守”が代々その”門番”と協力して、”門”を守り続けてきた。それがいつからなのかは誰にも分からない。けれど、それがなくなることはないのだろう。
「”門”には近づきすぎない方がいい。この一本杉の向こう側が後門殿の領地だ」
茂治がふいに足を止め、峠の先に立っている杉を指さした。ここまで山を登ったのは初めてだ。軍の演習でもここまで登らなかった。
「この先が、”門番”の領地……。とてつもなく強い力を感じる……式を放っても?」
「それはおすすめしない。これまではなった式から、セイカ君のことはもう後門殿にはわれているにちがいない。それに、”門”に近くなればそこから漏れ出る力は計り知れない。式は耐えきれずに自壊するだろう」
「……そこまで、ですか。やはり、”山守”の山は強い力を持っているのですね」
その言葉に茂治は沈痛な顔を浮かべた。何もおかしなことは言っていない、と清霞は首をかしげた。それを見ないふりをして、茂治は開けた所に清霞を連れて行った。
「少し、休憩しよう。おそらく、もう子の刻も近いだろう。丑三つ時になればもはや人間が出る幕はない。無事に下山するためにも、今日はここまでにしないとな」
「……」
岩の目立つところに腰を掛け、下を見下ろした。ここまで登ってくると、ふもとの町の様子が見える。夜中も夜中なので、明かりは全く見えないがきちんと整備された道や区画割りのされた住宅地が見える。
「帝都とは比べるまでもないでしょうが、ふもとの街もだいぶ人が増えてかつての静かで小さな村とは見違えるほどでしょう」
「そう、ですね」
幼いころはまだ田畑の面積の方が大きかった。まだ大きな橋はかかっておらず、駅だってここまで伸びていなかった。
「俺の小さいころはもっともっと小さかった。これから先、あの町はもっと発展するでしょう。なんせ、帝都につながる駅ができたんだから」
「…………」
「私の大叔父の”山”の”門”が閉じました」
「それは……。異形がいなくなった、ということですか? それとも”門番”?」
「どちらもです。ある朝、異変を感じた大叔父が”門”を見たところ、消えていたそうです。あっけなく。まるで最初からそこになかったかのように」
「では、その大叔父殿は?」
「守る山ではなくなったので、”門番”ではなくなりました。聞くところによると、ダムの建設が決まったそうですよ。人の住まう土地になるのですよ。喜ばしいことに違いないさ。人は水がなくては生きていけない、ならばダムは必要だろう」
「…………」
近年は異形の姿も減っている。食物連鎖、というわけではないけれど守る”門”も脅威となる”門番”もいないのなら、”山守”はその役目を果たせない。山に頼った術式である”山守”は同時に術者としての力も……。
「帝都が把握していないだけで、閉じた”門”はこの十年で急速に増えた。もはや関東でまだ”山守”をこの規模でできているのは勘解由の家くらいだろうね」
”山守”は独自の術式のため、政府が管理できない部分が多かった。薄刃家とはまた違った特殊性と重要性のため、把握することはなかった。
「セイカ君。俺は学生の頃、帝都の博物館に行ったことがあるんだ」
言葉に詰まった清霞に茂治は昔話を切り出した。
「そこでは各国の品々が展示されていてね。中には測量機器まであった。それもそうだね。人は知ることが好きだ。海の底も、空の果ても知りえる日もきっと来るだろう。一番先に知ることになるのは、山の中だろう」
「山の中……。それは”山守”の山も例外ではない、と」
そうだね、と茂治はうなずいた。
「俺はね、この山の”山守”は俺で終わりだと思うんだ」
「!!??」
数日前、山を失うことを”恥”とすら言い切った男とは思えない発言だった。目を見開いた清霞に、茂治は大声で笑った。
「そう驚くことじゃない。あの子達は俺と違って山の外の物を食べても平気なんだ。それこそ”山守”の資格を失いつつある証左だ」
「…………」
「力の強い”山守”もほとんどいなくなっている。山自体の力も減っている以上、俺たち”山守”もいずれ不要になってくるのだろう。秋になれば気が葉を落とすように、山が”山守”を落とすこともあるだろう」
「それは……」
「帝都、旧都でも力の強いものが減ってきているのなら、それは自明だろう?」
山から最大限の術式を得られる代償か、”山守”は自分の山で取れる以外の食物を摂取すると頭痛や悪寒、果ては熱を出して気を失ってしまうことがあるらしい。かつては水でさえその縛りを受けていたらしいが……。
「もうあと100年もしないうちに、この日の本から”知らない山”など無くなるのだろうね。そうなったら、”山守”の陣地の術の効力もなくなるだろう。鳥の眼のように空から見下ろせるようになれば、なおの事さ」
「後門が狂暴化したのもそのせいと?」
「それはまた別の要因だと思う。荒れ狂ったのは後門殿だけ、”門”には何の変化もなかったのだから」
「後門の足取りがここまで追えないことなんてありえますか?」
「うん。それもおかしいと思っていたんだ。俺から問いかけても後門殿からの反応はなかった。それどころか、後門殿気配がときどき消えることがあってね」
「消える?」
”門番”は実体を持っている。”山守”が見失うことなどありえない。
「まるで誰かが邪魔をしているようだ……。ッ! 上だ!!」
「!?」
上を見上げると、何かが月を背に飛び上がってきた。丁度二人の方へと向かってきているので、慌ててその場から離れた。
立ち上がり、振り返った先に現れたそれは積み重なった紅葉を巻き上げていた。赤い木の葉の中から見え隠れするのは白い毛並み。地面を捉えるたくましい四肢に、鋭い爪。そして、なにより憎しみに燃え立つような、赤い瞳。
「ウァオオオオオオオオッッーーーーー!!」
”門”を守る獣。かつては”神”とも崇められ、そして今は自制を失い荒れ狂うもの。
——— 下野国の”門番”、後門そのものだった。
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