第15話 ダブルデート

 あたしはリカから聞いたことをずっと考えてた。そんな目で2人を見ていて私は広田君の本当の気持ちが腑に落ちた気がしたんだ。だからある日、あたしは思い切って聞いてみた。


「広田君、あたし分かっちゃった。あなたの好きな人って中山君じゃない?」

「あ!? そんなわけないやろ!」

「中山君ってお母さんが再婚する前は『人見』って名前だったんだって?」

「誰に聞いた?」

「リカ」

「そうか……」

「広田君の彼女の『ヒトミさん』って、実は中山君のことじゃないの?」

「いや、『ヒトミ』は架空の女で……」

「中山君、もう解放してあげなさいよ。このままじゃ2人とも幸せになれないわよ」

「俺は別にケンジを束縛するつもりはない!」


「正直な話、あなたと中山君ってどこまで行ってるの?」

 広田君は「ふー」とため息をついて観念したように言った。

「どこまでも行ってねーよ…… ずっと俺の片思いだ」

「そうかな……」

「あいつに彼女が出来るまでは付いててやろうって思ってたんだ。あいつ結構人見知りだしな」


「ねえ、今度ダブルデートしない? 中山君とリカをくっつけてあげたいんだ。リカ、高校のときから中山君のこと好きだったらしくて。それで大学まで同じとこ受験したらしいんだよね」

「へえ……」

「あたしのバイクを中山君に貸してあげるから彼とリカをタンデムさせようと思うの。その代りあたしは広田君の後ろに乗せて」

 広田君は少し逡巡しゅんじゅんしたようだったけれど、

「ああ…… そうだな」 そう答えた。


 春休みのある日、あたしたち4人は2台のバイクにそれぞれタンデムしてツーリングに出かけた。

 瀬戸内海に掛かる巨大な橋を渡ってあたしたちは島に渡った。春の花々が咲き乱れる島をぐるっと一周回ろうと言う計画だ。

 中山君とリカはあたしのCB400SBにタンデムしている。運転しているのはもちろん中山君。あたしは広田君のGPZ400にタンデムした。運転している広田君にあたしは後ろから抱き着いている。いつもなら中山君の定位置だけど今日ばかりはあたしが座る。

 中山君の運転ははたから見てても上手い。初心者とは思えない。やっぱりずっと広田君とタンデムしていたからなのかな。あたしのバイクも中山君に運転してもらって幸せそうだ。いい音出してる。


*(リカ)


 信号で並んで停車するたび広田君と中山君はヘルメットのカウルを上げて会話を交わしてる。

「ケンジ、ここ行こう。ちょうど昼飯の時間にいいんじゃねえか?」

 広田君がタンクバッグのマップホルダーから地図を取り出して中山君に指し示してる。

「オーケー。3つ目の信号左折だね」

 中山君、地図が読めるんだ。一目見て反応してる。かっこいいなあ。広田君との息もぴったりなんだよね。

 信号が青になった。2台のバイクはほぼ同時に発進する。そして中山君は広田君のバイクの後ろにぴったりとつく。中山君、ほんとに広田君のこと好きなんだなあって思って、私はその背中にしがみつきながら彼の心が私にはないことを感じてこっそりと涙ぐんだ。


*(カオリ)


 リカとあたしはそれぞれお弁当を用意していた。中山君とリカをくっつけるという作戦上、リカは中山君に、あたしは広田君にお弁当を作るということになっていた。

 島の南の端まで走って四国と繋がっている巨大な橋が見渡せる丘の上の展望台にバイクを停めた。お土産物屋さんがあってキッチンカーも何台か出ている。その展望台近くにある芝生の広がる公園でお昼ごはんにしようと言うことになった。

 その公園のちょっと離れたベンチにそれぞれ分かれて座ることにした。リカと中山君を2人にしてやらないといけないし。リカはこっちを見てなんかおろおろしてるけどここはちゃんと頑張って中山君をがっちりつかまえるんだ、リカ!


「はい、広田君。座って!」

 あたしは2人の間にお弁当を広げた。

「へー、すげーじゃん。美味そう。お前料理上手いんだな」

「うち、母さんいないからさ。小さいときからあたしがご飯作ってたんだよね」

「そうなのか?」

「うん。物心ついたときには家には父さんとあたししかいなかった。離婚したって教えられたのは少し大きくなってからだった。理由は教えてくれなかったけど」

「ケンジんとこと似てるな」

「そうだってね。リカに聞いたよ」


「もしさ、あの2人がうまく行ったら広田君はどうするの?」

「さあ、どうするかな。そんなこと考えたことなかった、ってのは嘘だな。怖くて考えないようにしてた」

「広田君てさ、男の人が好きなの?」

「ケンジが好きってだけで、他の男も女も好きになったことないから自分でもよく分からないんだ」

「出会ったときから?」

「ああ。あいつ人見知りでさ。転校生だろ? その上『人見』なんて名前だったから『ヒトミちゃん』って呼ばれて揶揄からかわれててな。そんでもあいつ唇を噛みしめて絶対泣かないんだよ。目に涙いっぱい溜めてるくせに。その顔みてたら守ってやらなくっちゃって思ってな。たぶんそのときにはもう惚れてたんだと思う。ガキのくせにさ。でもガキなりに真剣だったんだよ」

「なんか、想像できる気がする……」


「カオリっていい奴だよな。人のために一生懸命になれるんだもんな」

「なに? 急に。広田君に褒められたらなんか気持ち悪いんだけど」

「そりゃねーだろ!」

 あたしたちは笑った。


「中山君がリカとくっついたら広田君はフリーになるじゃん。そしたらあたしにもチャンスあるかなって思ったんだ。腹黒いよね」

「そんなことねーよ。ほんとに腹黒い奴は正直に本音をバラしたりしねーし」

「もしさ、広田君が誰も好きになれなかったらあたしがそばについててあげるよ。広田君が中山君にしてきたみたいに。広田君に誰か好きな人ができるまで」

「カオリ、サンキュ。もしケンジに出合わなくてお前に出会ってたら…… なんて意味ない話だな。ごめん、今のは忘れてくれ」

「ううん、そう言ってくれてすごく嬉しいよ」


*(リカ)


「おー! リカの弁当。再びだな!」

 私は2人の間にお弁当を広げた。ハイキングでは散々な言われようだったので今回は結構時間をかけて凝ったものを作ったつもりなんだけど…… 私がお箸を渡す前に中山君はエビフライをひょいと手でまんで口に放り込んだ。

「お! うまいじゃん! ちゃんと中まで火が通ってるよ!」

「それ当たり前! 全然褒めてない!」

 私は口を尖らせた。中山君はエビフライを頬張りながら笑う。なんていい笑顔なんだろう。この笑顔だけで惚れちゃいそうだよ。

「俺も作ってきたんだ。いつもリカにばっか作ってもらったら悪いし」

 そう言って中山君が斜め掛けしたカバンから透明のビニール袋を取り出した。

「クッキー?」

「うん、生菓子はこの時期じゃ傷んじゃうかもしれないし」

「凄い! 中山君ってお菓子も作れるんだ!」

「母さんとの2人暮らしが長かったからね。疲れてる母さんを喜ばせたくてお菓子作りを始めたのがきっかけだったな」

「あと、これ」

 そう言うとカバンから水筒を取り出した。

「温かいコーヒー、ブラックだけど。バイクで遠出するときはソウちゃんが眠くなるとやばいからさ。いっつも作ってくるんだ」

「へえ、そうなんだ」

「インスタントじゃなくてちゃんとドリップするんだぜー。あの人、好きな銘柄があってさ、結構うるさいんだよな」

 そう言うと中山君は広田君の方を見て目を細めて微笑んだ。なんて優しい顔をするんだろう。あんな眼差しを向けられる人が羨ましい。向けられた本人は気付いてるのかな。私は嫉妬ではなくその先に自分がいないことがただ悲しかった。

「ソウちゃんたちにもおすそ分けして来る」

 そう言うと中山君はポットとクッキーを持って広田君たちのいるベンチへ歩いて行った。3人で楽しそうに何か話してる。ポットの蓋にコーヒーを注いで広田君に手渡す中山君の姿が涙でぼやけた。私は慌ててそでで涙を拭った。




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