第13話 ソウちゃんの彼女

 冬、ソウちゃんはバイクに乗るときは襟にボアがついた厚手の皮ジャンを着ている。俺はそのサイドポケットに手を突っ込んでしがみつく。

 バレンタインデーの翌日、2月15日は日曜日だった。いい天気だ。俺たちはタンデムでショートツーリングに出かけた。瀬戸内海に浮かぶ島と本州を結ぶ巨大な橋。その橋の下の狭くなった海峡を見渡すことができる喫茶店。


「この前女の子からソウちゃんの彼女の『ヒトミ』ってどんなって聞かれたんだけど」

「ふーん」

「ふーんじゃないだろ! ちゃんと誤解は解いとかないとほんとに彼女できないよ?」

「いいじゃん。めんどうやし。『ヒトミちゃん』っていう彼女がおることにしといたらええ」

「えー、やっぱよくないでしょー?」

「そんなことよりお前はどうするんだ? リカから告られたんやろ?」

「うん……」

 俺はソウちゃんに昨日リカから告られたことを話した。それを聞いたらソウちゃんは何て言うかなって、その反応を見たいと思ったことは否めない。

 

「どうするかケンジ次第やけど、ちゃんと向き合ったらんとリカがかわいそうやぞ」

 ソウちゃんはそう言っただけだった。まあ、予想はしてたけど。もっと違う反応を期待する俺が間違ってるってことは分かってたんだよな。


「そうだね」

 俺もただそう答えた。リカの話はそれで終わりだった。



 広田君の噂を耳にした。1件は教養学部の女子トイレで立ち話してた女の子たちから。もう1件は教養学部のカフェでたまたま隣の席に座った女の子たちから。いづれも広田君に告ったけど彼女がいるから付き合えないと断られたという話である。偶然とは言えそんな話があたしの耳に入って来るくらいだから実際にはもっと多くの女の子が同じような目に会っているんじゃないかって思う。

 広田君の彼女は同郷ので、今は遠距離恋愛であるらしい。なるほど、どうりで一緒にいる姿を見かけないわけだ。

 それにしても広田君に告ったたちって本当に広田君のことちゃんと知ってるのかな。ただかっこいいってだけで告白してるんじゃないのかな。もし付き合えたらラッキーくらいに思ってるんじゃないのかな。あたしだってそんなに広田君のこと知ってる訳じゃないけど…… バイクが好きなこととか、結構気が短いこととか、見た目の割りに純朴で神経が細やかなこととか、気心が知れた相手にはなまりが出ることとか…… 振られたんだからもうどうでもいいじゃないかって話なんだけど、せめて自分がふられた相手の彼女がどんな女なのか知りたいって思う。要するにあたしってまだ広田君に未練があるんだよな。 



「リカ。広田君の彼女って知ってる? どんな人?」

 バレンタインデーの翌週、あたしは学食でお昼ごはんを食べながらリカに聞いた。

「あたし、広田君の噂を耳にしたんだ。彼、彼女がいるんだって? でも全然そんな風に見えないじゃん。もしかして嘘なんじゃないかって思えるんだけど。リカなら何か知ってるかなって」

 リカは広田君と同郷、同じ高校の出身だったはず。リカなら彼女のことを知ってるかもしれない。あたしはそう思ってリカに訊ねたのだ。


「広田君に彼女? 聞いたことないなあ。彼、高校のときにはファンクラブがあるくらいもてたけど特定の彼女作らなかったんだよねー。なんでだろってみんな噂してた」

「リカは広田君をいつから知ってるん?」

「高校でいっしょになってからやから幼馴染っていうのとは違うかな。広田君のことやったらヒトミ君に聞いた方がええと思うよ」

「え? ヒトミ、君?」

「あ、中山君って高3の時お母さんが再婚して『中山』になったんだけどそれまでは『人見』って名前だったんだ。みんなから『ヒトミちゃん』なんて言われて揶揄からかわれてたなあ。別にいじめとかじゃないよ、親しみを込めてそう呼んでただけ。彼はあんまり嬉しくなかったみたいだけど。だからあたしも人見君って名前の方がなじみ深いんだよね」


「広田君の彼女の名前って確かヒトミって…… そう、なんだ……」


 

 回答期限の3日目、俺はリカを寮の共用スペースに呼び出した。リカが緊張した顔で女子寮方面から現れた。


「やあ! えっと、例の件の返事、だよね」

「うん」

 リカが俺の顔をじっと見つめる。俺が口を開くの待ってるんだよな。

「リカ。俺、さ、」

「うん」

「ソウちゃんが好きなんだ!」


 ソウちゃんにリカのことを話した翌日、俺はソウちゃんの言った通り真剣に告白してくれたリカには誤魔化さないで本当の俺の気持ちを話さなくちゃって決心した。俺の本当の気持ちを話すのはこれが初めてだ。しかも本人ではない別の人に話すことになるなんて思ってもみなかった。


「2人とも昔からめっちゃ仲いいもんね。って言っても私は高校のときしか知らんけど」

 リカが普通に反応した。やっぱりこの言い方では通じないか。


「親友としてではなくて、恋愛対象として好きってことなんだ」

「え? それは、うーん……」

 リカが眉間に皺を寄せて真剣に考えているらしき表情をした。


「言い方違ってたらごめんね…… それって中山君は『ゲイ』ってこと?」


 ええ!? 俺って『ゲイ』ってことになるのか? そんなことは考えたことなくて言われて自分でもびっくりした。今度は俺が眉間に皺を寄せて考えるばんだった。

 

「そう、なのかな…… そんなこと考えたことないんだけど。俺はソウちゃんが好きなのであって男全般を恋愛対象にしている訳じゃないんだけど」


 でもソウちゃんは男だし、男を恋愛対象にしてるってことは俺ってやっぱ『ゲイ』ってことになるのかな? そう言えば『ホモ』って言葉もあるけど『ゲイ』と違うのかな。


「たぶん、そういうことなんだと、思う」

「分かった…… のかな。私、今ちょっと混乱しちゃってて…… とにかく中山君の言いたいことは分かった。って言うかこれからよく考えて見る!」


 じゃあ、また。そう言ってリカは何かふらふらした足取りで女子寮に戻って行った。ちゃんと伝わったのかな。そもそも自分でも混乱している。俺も自分の部屋で自分が言ったこともう一回ちゃんと考えよう。




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