『姉が異世界の魔王始めました』~弟ですが巻き込まれました

すいか食べたい

第1話・弟、モルボルに狙われる

 大抵の弟にとって姉は魔王である



 女王様とか王様とかチャチなもんじゃねえ。

 姉とは大抵、魔王なんだ。



 がちゃつく居酒屋で、ももサワーを頼んで待っていた時の事だ。

 ビールを手に、隣の女がぐいぐい体を寄せてくる。


「えぇえ、ハルト君って実家にいるの?」


 思わずうぜえな、と言葉に出そうになる。


(だから中学の同窓会なんて来たくなかったんだよ)


 栗田(くりた)は相変わらずだ。


「だからなに?」

「だからって。だって普通一人暮らしするじゃん」


 なにが普通だよ。

 大学に通える距離にあってなんでわざわざ一人暮らしすんだよ。

 と、言いたいが、あまり多くを喋りたくはない。

 友人が幹事で、そんで俺に会いたい連中がいるからって、渋々参加したけど間違いだった。

 こいつがこんなにぐいぐい来るなんて聞いてねえぞ!

 しかも参加人数、十人もいねえし、男女比が半分。


(くっそ。ただのコンパになってんじゃんかよ)


 多分それが目的なのだろう。

 そうと知ったら来なかったのに。

 幹事の友人を睨むと、ごめんと苦笑している。

 あいつ、俺をはめやがったな!

 覚えてろ!


 しかしこの場を荒らす度胸なんか当然ないので、大人しくするしかない。

 いらいらしていたら唐揚げが到着した。

 やったー、この店の唐揚げうまいんだよな。

 ふた皿到着したので、目の前に置いて、さあ食べようとしたその時だった。


「レモンかけてあげるぅうう」


 そういって栗田がレモンをかけた。


「おい、ちょ、やめ」

「え?もっと?」


 栗田はこともあろうに、からあげふた皿にレモンをかけやがった。


(なんでそこでどっちにもレモンかけるんだよ!!!!)


「はいハルト、からあげ食べなよ」

「……いや、いい」


 レモンのかかったからあげが食えるか!バーカ!

 せめて片方だけにしとけよ!


「えぇえ、どうして?レモンかけたて、あげたてだよぉ?はい、あーん」


 露骨に嫌な顔をして逃げたが、栗田は気にせず「もーう」と言いながらからあげを食いやがった。


(なんなん、まじこいつは相いれねえわ)


 もう一回頼むか、それとも別のものを待つか。

 そうこうしているうちやっとももサワーが到着した。


「ももサワーのお客様―」

「あ、俺っす」


 ありがとう、とうけとって、さあ飲もうとしたその時だ。

 いきなり栗田が奪い取った。


「なにす、」

「ハルト、相変わらずあまいものすきだよねぇ」


 そういってぐびっとひとくちのんだ。


「やっぱあたしにはあまーい!はい、ハルト」


 いるわけねえだろ。

 ばかかこいつは。

 なにが相変わらずだ。

 あとお前に甘すぎても俺には丁度いいんだよ!!!!


 この栗田(くりた)は中学の頃から、俺を舐めまくってきた女だった。

 それはお前、好かれてんだよ。

 他の連中はそう言うが、断じて違う。

 こいつは俺を舐めていい、決して逆らってこない、都合の良いおもちゃとしか思ってないんだ。


「くりちゃん、相変わらずハルトとなかよしぃ」


 余計な事言うんじゃねえよ。

 仲良くなんかねーししたくもねーしマジうぜーんだわ。

 しかし、ひょろい上にひょろい眼鏡の、つまりはうっかりすると弱者男性と言われてしまう風貌の俺には、そんな反論はできやしない。


(なんか言ったら絶対に反論されたり後々のフォローが面倒なんだよこういうのは)


 絶対にこいつとだけは同じ高校に行きたくねえ!と思って必死に勉強して、おかげで違う学校にギリ入学できて、心から高校生活を楽しんだ。

 一応彼女っぽいのも出来た事もあったのに、コイツが面白半分に適当な事を言ったせいで、関係が微妙になったのをいまだに俺は恨んでいるんだ。


(クッソ。もう帰りてえ)


「あぁーん、おさけおいしい!やっぱ大人はお酒よねえ」


 そう言いながら栗田が更に近づくのでさっと避けた。

 どすんと栗田が転がった。


「ちょっとお、ハルトひどくなーい?女子を支えてよお」


 なにが女子だふざけんな。

 マジ口くせえんだよこのモルボルが。

 外見なんかちょっと人間に近いオークじゃねえかよ。


「そこまで酔ってんならもう帰れよ」

「えぇえ、ハルト送ってくれるのお?」


 うれしーい、とかふざけたことを言いやがる。

 いいかげんにしてくれいいかげんにしてくれいいかげんにしてくれ。

 ああもう、俺はこういうのに関わるとマジストレスが。


 もう逃げ出してしまおうか。

 そう思った時だった。

 スマホから重たいギターとベースのサウンドが響く。

 ギュイーンと音が響く。

 ユアショック!!!!


 着信メロディが高らかに響き渡る。

 突然の昭和ソングに、そこいらにいた連中が不思議そうな表情になる。

 そりゃそうだ。

 もとの原作は週刊少年ジャンプで連載されヒットを出した『北斗の拳』という漫画がアニメ化され、アニメも大ヒットしたが、そのオープニング曲がクリスタル・キングというユニットが歌うロックなナンバー、『愛を取り戻せ』。


 俺のスマホからこの曲が流れる時は、必ず現れるのだ。


「え?なに?変な曲、ウケる……」


 モルボル栗田がそう言う。

 途端お座敷の障子がすぱーん!と高らかな音を立てて開いた。


「え?」

「なに?」

「え誰」


 驚く面々に、一番驚いたのは自分だ。


 ロングヘアーは玉虫のように様々な色が混じっていて、口紅は真っ赤、化粧はまるでデパートのコスメカウンターに座っているお姉さんのようにばっちりきまり、ファッションは黒のパンツスーツにインナーはアイボリーのタートルネック。


 とにもかくにも、絵面が強い。


「お、ここか。見つけた見つけた」


 全く何にも動揺していないのは、この強そうなロングヘアー美女だけだ。


「丁度良かったー、荷物重くってさ。お前が近くにいたからこの辺かなってあたりつけてたんだけどさあ」


 顎をくいっとしゃくる女に、おもわず「あ、うん……」と頷く。


「え、マジで誰?なんなんこの人」


 動揺する栗田がちょっと小気味よかった。

 うん、やっぱここ居たくないし帰ろう。

 それに逆らったらとんでもない目にあうのは判ってるし。


「わりぃ、俺帰るわ。用事できたし」


 そう告げると、栗田が腕を引っ張って来た。


「なんでよお!ちょっとハルト、その女なに?」


 まじうぜえわ。

 なにこの彼女ヅラ。


「モルボル」


 言いたくて我慢していた言葉が出て来た。

 俺の口、からではなく。


「も、もるぼる?」


 意味は分からないだろうけれど、悪口なのはわかるのだろうか。


「ググれ」


 美女は一言そう言うと、こっちに向かって「早くしろ」と顎をしゃくった。


「あ、うん……」


 ひょこんと頷き、スニーカーを履いた。


「じゃ、俺はこれで」


 そうしてそそくさと、俺は店を出て行ったのだった。





 居酒屋に残った、ハルト以外の面々は呆然としていたが、たったひとり、幹事だけは苦笑していた。


「ちょっと!あれなに?ハルトのなに?」

「なにって、ハルトの姉ちゃん」

「え?」

「聞いたことあるだろ。すげーコエーねーちゃんがいるって」

「そういえば」


 ハルトに姉が居るのは、そこにいる全員が知っていた。

 しかし、その外見や風貌は幹事の友人しか知らなかった。


「乱暴とか雑とか言ってなかった?」

「そーだよ。メチャ乱暴でしかも強い」

「なんなのあれ。なんか言ってたけど悪口だよね?なんて言ってた?」


 モルボルを知っている男性陣や、ゲームを知っている女子らは「さあ?忘れた」としらを切ったのだった。



 店を出て、先をすたすた歩く姉の後をハルトは追いかける。


「ねえちゃん、なんでわかったの」

「だってスマホで位置情報わかんじゃん」

「あ、そっか」


 位置情報は家族で共有しているので、どこにいるのかは判るけれど。


「いやー、買い物したら案外重くってさ。そういやお前が同窓会がどうたらって言ってたんで、多分このあたりの店だなとあたりをつけた」

「な、成程」


 洞察力が良いと言えばそうかもしれないが、この町は姉のなわばり、もとい、学生時代から親しんだ町なので、知り合いも多い。


「あ、俺、支払い」

「ははは、とっくにこの姉が済ませておるわ」


 流石姉だ。

 ってことは俺の支払いはなくなったのか。やったぜ。


「あとからあげも買ってある」

「まじで!まじで???なんで?」

「どうせレモンをかけられてからあげが食えなかった……という所だろう?」

「まじその通り!」


 姉凄い。


「ねーちゃんすげえや。俺、めちゃくちゃからあげ食いたかった」

「ほっほっほ。私もですよ」


 そうしてどーんとやたらでかい荷物を渡された。


「……で、姉ちゃん、これは?」

「お前とお友達だろ?」


 なるほど、弟と同じくお荷物って事ですね!

 これは弟、一本取られました。

 おあとがよろしいようで!


 悔しいがからあげの恩がある。

 素直に荷物を受け取った。


「うわ、おもた」


 しっかり肩にかけてはみるがけっこう重い。


「頑張れ。コンビニでお菓子買ってやる」

「わーい嬉しいな。コーラ買おう」


 二人は子供の頃から同じように、並んで家に帰ったのだった。




 さて、家に到着して、ぶりぶり同窓会の文句を姉に愚痴った。


「だからさあ、マジでうぜーんだよ」

「何回も聞いたぞ。モルボルな」

「そう、まじモルボル」


 なんでか知らんが、栗田は微妙に口が臭い。

 それとなく伝えても「そんなことないよー歯磨きしてるし」としか言わない。

 大人になれば少しは変わったかと思ったがやっぱりモルボルのままだった。


「暴言吐いて逃げなかっただけ偉いと思う。女子になんか言ったらどうなるか」


 もう二度と、あいつの頼まれごとでも絶対に同窓会になんか行かない。


「まじうぜえ。実家住まいでいいじゃねえかよ」

「まじでそれな。一人暮らしなんかしてみろ、おまえモルボルの餌食になっちまうぞ」

「ははは。もう終電逃したから泊めてって?」

「あるあるすぎ」

「やべえ。走って帰って欲しい」

「夜にモルボルとのエンカウントは嫌だなあ」


 あははははは、と笑い飛ばしていると、ちょっと気分が楽になった。


 リベンジのからあげをおなかいっぱい食べて、コーラにアイスをうかべてコーラフロートでおかわりした。

 姉は好物のハーゲンダッツをふたつも食べた。


「そういや姉ちゃん、なに買ったの?」

「おん?今日買ったもの見るか?」

「見る!」


 姉はいつも面白いものを買ってきては、弟を楽しませてくれるのだ。

 苛められて落ち込んでいた俺を地獄のピーヒャラで笑わせてくれたりもして、乱暴だけど良い姉だと思う。


「なにこれ。パーティーグッズ?それと布?」


 重たいと思ったら、やたら布がある。

 しかも高そうだ。


「マント作ろうと思って」

「マント?なんで?コスプレでもすんの?」

「似たようなもんかな。一応仕事で使おうかと」

「仕事……?」


 そういえば姉はずっとOLをやっていたが、最近は割と買い物に出かけたり、なにか忙しそうだった。


「仕事って、いまなにやってんの?」

「ん?覇権とってる」

「派遣とってる?誰か雇ってんの?」

「雇いはしてる感じかな。部下が多いし」

「部下!どのくらい?」


 姉は確かに会社で部下がつくくらいの年齢にはなっているが。


「どのくらいって、そうだなー、万は超えているかな」

「???????」

 なにをいっているんだ?冗談かな?


「姉ちゃん、仕事、いまなにやってんの?」

「言ってなかったっけ。魔王だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る