第17話

ダンジョン中層、魔力に満ちた広間。


人気配信者ルミアは、息を切らし、杖を構えていた。

彼女の周囲には、通常の個体とは明らかに異なる、不気味なオーラを纏ったモンスターの群れが迫っている。

それは、このダンジョンでは本来現れないはずの、モンスター、『シャドウリーパー』だ。

全身が影でできており実体が掴めず、物理攻撃が効かない上に、精神を蝕むような瘴気を放っている。


「くっ…! 『ライトニングボルト』!」


ルミアが放つ魔法は、確かにモンスターを怯ませるが、決定打にはなっていない。

『シャドウリーパー』は特殊なモンスターで特定の条件下でなければ魔法すらも軽減されてしまう。

パーティメンバーは既に数名が倒れ伏し、残された者たちも満身創痍だ。

回復役のプリーストは魔力切れで倒れ、前衛の戦士は瘴気の影響で意識が朦朧としている。

ルミアに残されたのは、僅かな魔力と、絶望的な状況だ。


彼女の配信画面には、視聴者からの悲鳴のようなコメントが高速で流れている。


『ルミアちゃん危ない!』

『逃げて!』

『イレギュラーモンスター!?』

『物理攻撃効かないやつだ!』

『回復間に合わない!』

『パーティ壊滅寸前!?』

『誰か助けてくれ!』

『ルミアちゃん、死なないで!』

『運営!何とかしろ!』

『もうダメだ…』

『諦めるなルミア!』

『奇跡は起きる!』

『誰か…誰かいないのか!?』


ルミアは、もう限界だった。

魔力は底を尽きかけている。

仲間も守れない。

人気配信者として、視聴者の期待に応えられない不甲斐なさに、悔しさが込み上げる。

迫りくる『シャドウリーパー』が、彼女の視界を覆い始めた。

その冷たい瘴気が、ルミアの精神を蝕み、思考を鈍らせる。


「ごめんなさい…皆さん…配信切りますね……今までありがとう」


絶望がルミアの心を支配し、せめて最後は視聴者に配慮しようとした、その時だった。


その広間の奥から、聞き慣れない声が響いた。


「ん? なんだ? 奥の方から声が聞こえるぞ?」


レイトの配信画面にも、ルミアの悲鳴と、シャドウリーパーの不気味なうめき声が入り交じった音が届いている。

レイトはロゼッタと共にダンジョン探索配信中だった。

普通なら、他の冒険者の戦闘には横入りはしない。

だが緊急時のみはそのパーティの同意が得られれば協力することもあるという暗黙の了解だ。

聞こえてきた声は、紛れもないルミアのもので逃げるという選択肢はなかった。


「ルミア…? マジかよ、あんな有名人がこんなところで…! しかもイレギュラーかっ…」


レイトの顔色が変わる。

画面の向こうの視聴者も、ルミアの配信を見ていた者たちが、レイトの配信に流れ込んできて、コメント欄が騒がしくなる。


『レイトさん!ルミアちゃんが危ない!』

『助けてあげて!』

『シャドウリーパーだよ!』

『物理効かないやつ!』

『レイトさんには無理だ!』

『逃げろ!』

『おっさん、死ぬぞ!』


「まずい! 助けは必要かっ!?」


レイトは迷わず叫んだ。

ルミアが窮地に陥っている。


「お願いします!」


回答を聞くやいなやロゼッタが駆け出す。


「ご主人様、ご指示を!」


ロゼッタがレイトに指示を仰ぐ。

その瞳は、既に戦闘態勢に入っていた。


「よし、ロゼッタ! 掃除開始だ!倒れている人たちの確保とルミアの安全を!俺は【廃品回収】で周囲の瓦礫を…!」


レイトは瞬時に判断し、指示を出す。

ロゼッタも迷わず飛び込んでいく。


広間に飛び込んだレイトとロゼッタ。

ルミアのパーティは、まさにの集中攻撃を受けていた。

影の腕がルミアに迫る。


「ロゼッタ! 瓦礫を!」


レイトが叫ぶと同時に、【廃品回収】スキルを発動。

広間の床に散乱していた岩の破片や、崩れた柱の瓦礫が、一瞬で消滅した!


『消えた!?』

『何が起こった!?』

『瓦礫が!』

『ジャンク屋!?』

『お掃除配信!?』

『なんでここに!?』


ルミアの配信を見ている視聴者も、レイトの配信を見ている視聴者も、突然の出来事に混乱する。


「瓦礫なんか回収してどうすんだよ!?」


ルミアのパーティの生き残りの戦士が叫ぶ。

しかし、レイトの狙いは瓦礫そのものではない。

瓦礫が消えたことで、シャドウリーパーの影が薄くなったのだ。


「ロゼッタ! 影を無くせ、影に入れるな!」


レイトの指示に、ロゼッタが素早く動く。

瓦礫や岩などを狙い、その小さな体からは想像もつかないパワーで蹴りを入れる。


ドゴォン!


蹴り上げられた瓦礫は一箇所に集められレイトが回収していく。

粗方回収を終えたレイトは次の手を打つ。


【ニコイチ】!


レイトは【リサイクルボックス】から、先ほど回収したばかりの瓦礫と、異空間に眠っている魔光石を合成する。

光が収まり、現れたのは、暗い光を放つ奇妙なランタンだった。


「これだ! 『シャドウライトランタン』! ロゼッタ、これをモンスターの周りに!」


レイトが叫ぶと、ロゼッタは迷わずランタンを掴み、シャドウリーパーの群れの周りに投げ入れた。


ランタンから光が放たれる。

シャドウライトは明るさはあまりないが影ができない光を放つ。

シャドウリーパーは影の存在。

影が重なればその本体は強化され、光に晒されればその影が、薄くなり、本体は実体化し動きが鈍る。


『光った!?』

『シャドウリーパーに光は効く!』

『実体化した!?』

『レイトさん何作ったんだ!?』

『天才かよ!』

『お掃除配信やべえ!』

『まさかの弱点攻撃!』

『ルミアちゃん、今だ!』


コメント欄が再び熱狂に包まれる。


「ルミアさん! 今です! 動きが止まった! 魔法を!」


レイトが叫ぶ。

ルミアは一瞬呆然としていたが、その言葉にハッとした。

シャドウリーパーは物理攻撃が効かないが、光で実体化すれば魔法攻撃が通る!


「『ライトニングボルト』!」


ルミアが渾身の魔力を込めて放った魔法が、光で実体化したシャドウリーパーに直撃する。

雷が影を貫き、モンスターが悲鳴を上げた。


「効いた!? 凄い…!」


ルミアのパーティの生き残りの戦士も、レイトたちの奇妙な戦い方に驚きながらも、状況が好転したことに気づく。


「よし、ロゼッタ! ナイフに魔力を!それで切れるはずだ!」


「御意!!」


すぐさまロゼッタはロックリザードのナイフを引き抜き魔力を通す。

以前魔光石を組み込んでいたナイフは光を放ちシャドウリーパーをやすやすと引き裂いた。


レイトはレイトで、次々と【ニコイチ】でアイテムを生成していく。


「粘着スライムボール!」(スライムと、アラクネの糸を合成)

「瘴気吸収フィルター!」(軽石と、トレント炭を合成)


粘着スライムボールを投げつければ、シャドウリーパーの動きを止め、瘴気吸収フィルターを起動すれば、広間に充満していた瘴気が薄まる。


『粘着ボールwww』

『スライムも素材かよ!』

『瘴気薄まった!』

『これ、ルミアちゃんのパーティ助かるぞ!』

『レイトさん、マジで何者!?』

『おっさん、有能すぎる!』

『ロゼッタちゃんナイス!』

『ルミアちゃん頑張れ!』

『アンチ息してるか?』

『これはもうチートだろ!』


コメント欄の熱狂は止まらない。


「ルミアさん! ロゼッタ!広範囲攻撃をする、退避を!」


レイトが叫び、再び【ニコイチ】を発動。

ロゼッタはルミアパーティのメンバーを運び、ルミアが魔法でバリアを張る。


ルミアは、レイトの奇妙な指示に戸惑いながらも、その的確さに驚いていた。

彼のスキルは、常識では考えられない方法で、このイレギュラーモンスターの弱点を突いている。


「セイントボム!」(魔光石と聖鉱石を合成)


レイトの投げた鉱石の塊がシャドウリーパー達の上で弾ける。

強烈な聖なる光を浴びたシャドウリーパーは全て塵となっていった。


壮絶(?)な戦いの末、レイトとロゼッタ、そしてルミア達の協力により、イレギュラーモンスターの群れは完全に無力化された。


「ふぅ…なんとかなったな……」


「御主人様、差し出がましいようですがシャドウリーパーも魔法生物、【廃品回収】で回収できておりましたよ」


「なん…だと……もっと早く言ってくれれば…」


「いえ、真面目に戦われる御主人様も素敵でございましたので」

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