第32話

【時任eyes】





‥……───参った。


「虎徹?」

「お手上げ」


 両手を挙げて項垂れた。

 現状は俺の能力はもちろん、角田の能力も、西尾の能力ですらほぼ無力。西尾の能力だけは同じ“神の悪意”から派生しているだけあって多少は干渉出来るみてぇだけど、相殺するので精一杯で抑え込むのは無理そうだな。

 現状、大事をとった角田が予てから医療院別棟に宇津宮の体を安置しておいたから被害が無いだけ。


 俺は医療院別棟ロビーの待合室でため息を吐いてる。

 西尾の様子を見に行っていた角田が戻ってきたって事は、朝から現状は何一つ変わってないっつー事だ。

 西尾がひっついてる以上、角田が病室の方に居たって何の役にも立たねぇしこっちで明石達の帰りを待つつもりだろ。


「虎徹、言われて直ぐに能力の発現は出来る?」

「そりゃ出来る」


 俺の力は“Immutability”。

 西尾の“Raphael”が絶対回復なら俺の“Immutability”は絶対防御。

 防御ってことは攻撃さえ受け止めなければ体に来る負担も他の攻撃担当の奴等に比べて格段に軽い。


「お前のは?」

「俺?俺のは今回は完璧に役立たずなんだよね~」

「ヘラヘラすんな!」


 目の前で笑う角田の腿に軽く蹴りを入れた。

 角田の能力は“Absolute”。

 絶対攻撃。

 角田の能力は“神の悪意”自体を直接攻撃したり出来て意外と便利なんだけどよぉ……

 嫌な使い道がある。


 角田の異名。

 WODSの各支部長で英語圏の奴等はこう呼ぶ。



       『DEATH』



 敬意を込めてHypnosと呼ぶ奴もいるけど。

 どの道、角田の呼び名は“死”そのもの。


 狂って“神の悪意”に成り果てたBraverに“死”っていう最後の優しさを与える者。


 今の状態で角田が能力を使わないつもりでいるのに少し安心した。

 だってそうだろ?

 宇津宮は仲間だ。

 俺の事件の時に来日したって聞いてるから優に五十年は一緒にやってきてるわけだから、危険だから排除しろって言われたって個人的な想いのある西尾じゃなくたってそう簡単に首を縦に振れねぇだろ。


「クオンちゃんが戻ってくるまでの辛抱だね」

「だな」


 久遠寺が戻ったからって状況が劇的に良くなるとは思えねぇけどな。

 何も打つ手が無い現状よかずっと良い。

 久遠寺もなぁ、WODSに入ったばっかでこんな目に遭わされるとか同情しかねーよ。あいつも兄貴が憑りついてるとかとんでもねぇ状態なのに、いきなり仲間んなった奴を消せとか命令される状況になったら可哀想だろ。

 ため息を吐いてまた俯いた。

 こういう事は好きじゃないんだよなぁ。

 本当ならWODSなんて関わりたくなかっ……


「…………おぃ?」


 頭の中でグルグルした思考がブチッとぶった切られた。

 椅子に置いた俺の手に手を重ねるみたいに握った角田の奴が、いきなりキスなんかしやがるから!


「なに?」

「何じゃねぇだろ!」


 睨み付けてもまるで効果無し!

 飄々とした雰囲気のまましれっとしてる。

 俺の育ちからして、いきなりキスとかするような時代の出じゃねぇんだよ!

 って、角田の方がよっぽどだろーが?!

 たしか幕末だろ、コイツ。

 違う違う違う!

 コイツのこれ、俺がセクハラで訴えたら絶対に勝てるだろーが。

 恋愛経験ゼロの俺でも角田のこういう行動がどうやら本気らしいってわかるから不問にしてっけど、ついうっかり目線に入った時の明石なんかとんでもない冷めた目で見てくっからな。


「ため息吐いてると幸運が逃げるよ」

「赤の他人に、見られた瞬間が、俺にとっては、人生最大、最悪の不幸だ!」

「ねぇ虎徹?」


 またヘラヘラしやがって!

 こっちはこんなに真剣に怒ってるっつのに。

 楽しそうな角田を睨みつけたけど、またしても効果無し!!

 俺、結構強面の自覚あんだけど?


「それじゃあ見つからなかったら幸せみたいだよ?」

「は?いやいやいや。無い!そんな事は絶対に有り得ねぇから」


 なんつの?

 言葉の綾?

 そう!

 それだ!!


「そういう事にしとくよ」

「しとくとかじゃねぇ!事実だッ!!」




 人間だった頃、俺にはちゃんっとダチが居た。

 守らなきゃなんない存在も居たし、貫けなければ存在理由を無くす位の信念もあった。


 WODSに入るキッカケはその全部を俺から奪い去った。

 挙げ句に俺に発現した能力は絶対防御。

 攻撃系ならまだしも、防御だ防御。

 結界っつったっけ?なんか防御の範囲を円状に広げることも出来んだけど、こういうまどろっこしいのは大嫌いだ。

  今でこそなんとか折り合いをつけは下が、性格上かなり相性が悪い能力だった事もあってBraverの能力が顕現して以降、自分を見失った。


『俺の命じゃ時代の対価にならないよ』


 そんな時に角田の能力の発動を見た。

 たったの一言。

 角田の一言で、ありとあらゆる日本の武器が角田の周りに浮かび上がって対象に向かって殺到する。

 刃達の切り裂く空圧で風が出来て、首の後ろで緩く結んでいる角田の髪が棚引くのが綺麗だとか思った。


────圧倒的な力。


 何でか胸が躍った。

 WODS東京支部に所属するBraverに絶対回復、時間操作しか居ない理由がわかった。

 ただの人手不足じゃねぇ。

 必要無ぇんだ。

 角田一人で攻撃が賄える。

 なんか納得した。


 能力を使ってる時の角田は正直、格好良いと思うしな。

 普段がこうじゃなきゃ……

 って、角田のヘラヘラ笑いが無くなったらそりゃ無ぇな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る