第7話

【久遠寺eyes】





 季節外れの転校生が来た。

 海外からの帰国子女だっていう紹介よりも、その端正な顔よりも、何よりも俺の目を釘づけにしたものがある。


 明石りんという転校生は多分“人じゃない”。


 明石の真後ろに浮かんでる存在が目に飛び込んできてから、ピン留めされたようにそこから目が離せない。

 ふよふよと浮かびながらキョロキョロと教室内を見つめる“それ”は、俺以外には見えてないみたいで誰一人として反応を示さない。

 見えてたなら今頃パニックで物凄い騒ぎになってるだろう。

 本当になんだよアレ?!


『あれ?』


 急に聞き慣れない声が聞こえて、ふよふよと宙を漂ってた“それ”が俺を見つめた。

 猫みたいな瞳がじっと俺を凝視してくる。

 なんかマズくね?

 緩いカールの入った焦げ茶色のウルフカットの髪をカシカシ掻いてから、俺の目の前までふゎんって飛んで一気に距離を詰めてきた。

 こっちが見えている以上見つめればあっちにもそれは伝わっちゃうわけで、絶対に見つめちゃいけないのに目が離せない。

 飛んでくるその足先が座っている同級生の頭を掠めているのに誰も気にしないどころか、触れたところが半透明になってすり抜けてる。

 マジでなんだよアレ。


『お前なんか嫌いだよ!』


 目の前に迫ったそいつに勢いよくベ~ッ!て舌を出されて驚きすぎて椅子から転がり落ちそうになる。

 多分、可愛い部類に入る顔をしてるのに随分と声が低い。

 HR中に声を出すわけにもいかなくて、変な声が出そうになるのを頬の内側を噛んで必死で押し殺した。


「じゃあ、席は久遠寺くおんじの隣だな」


 担任の声に我に返った。

 冗談じゃない!

 ただでさえ変な視線に付き纏われて大変なのに、ユーレイ憑きの転校生の世話なんか焼いてる暇なんてない!


「級長の隣とかのが良くないですか?」

「空席はそこしかないだろ?隣のよしみで色々面倒見てやってくれ」

「う~す。ヨロシク」


 いつの間にか俺の前に立っていた明石がチャラい挨拶をしてきて思わず顔が引き攣ったのは否定しない。

 顔が派手なんだよ。

 纏う空気とか華やかで苦手だ。


「………よろしく」


 宜しくしたくなかったけど、教室の空気を読んでなんとか声を絞り出す。

 ユーレイ憑きとはいえ転校生を突き放すのも流石に気が引けて、教科書を見せたりだとか学校内の案内だとかをするはめになった。

 そんなの級長の仕事だろ。

 どっちかっていったら浮いてる部類の俺がなんで転校生の世話なんか。


 案内をしておかないと学校生活に支障が出るだろうから渋々案内して回ることになった。

 俺等が歩く後ろをユーレイは何が面白いんだか楽しそうに浮いてついてくる。


「この学校の奴らってあんま仲良くねぇの?」

「進学校な上にこの教室数だから」

「ふ~ん…‥」

『学校のくせに学校らしくねぇの』


 後ろから聞こえる声は無視すると決めた。

 この校舎内の光景は確かに学校っぽくはないと思う。雑談してる生徒って珍しいし。普通の学校ならきっともっと賑やかなんじゃないの?

 俺はこの学校しか知らないけど、ドラマやマンガの学校って大抵わいわいガヤガヤしてるもんね。

 聞いてきた明石は俺の答えなんか興味無いみたいで自分の親指の腹を軽く前歯に押し当てて何かを考えてる。

 無言で歩くのは確かに嫌だもんな。

 話題を振っただけだったんだろうね。


 この高校は中等部も併設されたこの地域きっての進学校で、生徒数も近郊でダントツ。

 クラス分けが各定期テストの結果で決まるもんだから皆必死で勉強してる。

 やっぱ一番下のクラスってなんか嫌じゃん?

 だからかな?

 友達とか、部活とか、あんまり……

 部活はスポーツ推薦枠があるスポーツのみって感じ。推薦で入ったし、義務だからきちんとスポーツやってますけど本文は学業ですって感じがビンビンする。学校側が人寄せの為に作った制度なんじゃない?

 文化部は大学進学に有利な名前の部活を適当に作ってあるから、籍だけ置くって感じ。実際に活動したかどうかなんてわかんないし。


「久遠寺……呼びずれぇな、クオン。よし!クオンな?」

「はぁ?」

「あ、俺は凛で良いから」


 や、呼ばねぇから!

 なんてマイペースなんだよ!?

 俺から親しみのオーラとか感じた?

 出した覚えねーけど?


「クオンさぁ、最近変な事とか無かった?」


 “お前と知り合っちゃった事だ!”

 と言ってやりたかった。

 あまり深く関わり合いになりたく無い俺は反応を首を横に傾けるに止めた。


『嘘つき~』


 このユーレイ、可愛い顔してスルドイ?

 ひょんって俺の前に飛んできて俺の顔めがけてその綺麗な長い指をビシッて差してきた。

 あ、また見つめちゃったよ。


『こんなにキョーレツな気配、俺が見えるのに気付かないはず無いよ』

「え?クオン、かっちゃん見えてんの?」


 取り敢えず眉を顰めて明石を睨み付ける。

 真っ当な人間ならするであろう反応で。


 俺には過去の記憶が無い。

 親類にたらい回しにされたし、友達もいない。

 人と人との繋がりっていうか、絆とは縁が無い。

 それでも“平穏な日常”っていうものだけは失いたくないんだ。

 最低ラインだけは死守していたい。





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