サキュバスと合体(意味深)したら、マジで合体しちゃって主食が精液になりました。

惡滅姫メル2世

第1話 えっちあるよ、命はないけど。

「あんたの精気、頂こうじゃない」


 目の前に仁王立ちする女はこちらを見下ろし、足元に転がった死体を蹴飛ばして舌なめずりをした。


 自らのことを夢魔サキュバスと名乗ったこの女。鮮やかな艶のある紅髪を夜闇にたなびかせ、衣服なのか毛皮なのかわからない質感の模様を素肌に走らせている。

 蝙蝠みたいにシュッとした翼を小さくたたんで、身体を包む。

 際どい、ホントに際どいラインだけを隠しているのが非常にニクい。


 異世界ここに来る前だったら、こんなエロゲ交尾確定のセリフを聞けばバリ勃ち間違いなしなのだが、今はとてもそんな気分にはなれない。

 なぜなら彼女の足元に転がる人型ミイラは、つい先ほどまで自分と駄弁っていた一個の生命だったからだ。


 ────どうして、こんなことに。


 あまりにも短すぎる走馬灯を振り返ろう。

 擦りむいた掌の痛みも忘れ、男は砂利を握りしめた。


         ◇


「まじか……異世界来ちゃったか……俺、」


 目を覚ましたのは大樹のほとり。

 そよ風の中でほのかな温もりを与えてくれる太陽に見守られながら、生い茂る緑のカーテンに包まれて男は眠っていたらしい。目覚まし時計は上空に見えた青い鳥だった。


 やわらかい草地に寝そべっていた上体を起こすと2度ほど目をぱちくりさせ、意識が回復するや否や自身の体をくまなく触る。顔、胸、手、足、ケツ、イチモツ。


 まずはため息。

 異世界転生モノの娯楽があふれた現世ではもはや常識と化した状態チェック。どうやら異形の類ではないらしい。ついでに、一番期待していた美少女TSでもなさそうだ。


 何の変化もない、真鍋六楼まなべ ろくろうの継続シナリオの様だった。

 しかし期待感はある、現世への無念や後悔なんかはそりゃいろいろあるが、その辺は案外さっぱりした男で、現実を受け入れるのがうまかった。


「さー、まずはこの大自然豊かな世界のことを知りたいところだが……」


 大きく息を吸って、吐いた。


「服、どうしよっかな────」


 六楼は全裸だった。

 もはや笑うしかない状況。とりあえず気分に合わせて「アッハッハ」と笑ってみる。そりゃ最後の記憶が風呂場で行っていた自家発電故の心臓発作なら服がないのも納得だ。

 むしろ憂いは死体がその場に残るタイプか、身体ごと連れてこられたタイプかだ。あまりにも肉親に見せるには死ぬに死にきれない晩年だったことだろう。

 仕方ない、二十歳の大学生なんて所詮は性欲猿だ。


 なんて無駄な回想にふけっていると、森の奥で声がする。


「おーい!声はこっちからか?」

「あぁ、このあたりだ」

(ぬ、現地民?)


 六楼は声の方に耳をかむける。

 とりあえず服をいただきたい。が、まずは変態じゃないことを証明しないといけないな……。

 サッカーのフリーキックで股間を守ってる人みたいなポーズで六楼は神妙に待ち構えた。


「お、いたいた」

「あーすみませんが、ちょっとお話聞いてほしく────」


 見えた男は奴隷商だった。

 

「捕まえろ」

「ばかばかばかばかばかばかばか!!!!!!」


 馬車が見え、御者の顔が見えて安心したのも束の間。

 彼らの後ろには鎖につながれたみすぼらしい服装の男女の列。両手両足をそれぞれ短い鎖が繋いでおり不自由を強いている。

 その周囲には人さらいと思わしき荒くれ者の姿も認められる。

 

 幸いにも男の掛け声とほぼ同時に、六楼は走り出すことができた。

 変態と勘違いされて襲われることを想定しておいてよかった。が、状況は別によくはない。


 身を翻し、全裸のまま草木の隙間を走り抜け、フリチンが色とりどりの草花を蹴っ飛ばす。

 足の速さには自信あり。こちとら帰宅部でどれだけ早く帰ってエロゲが起動できるかタイムを計測していたくらいだ。

 陰キャほど使わない癖に無駄に身体鍛えてるとかよくある話。


「いけるいける逃げ切れる!」

草木操術マニプヴァイン

「ん?」


 突如、後方の男は足を止める。

 諦めたのかと安堵したその矢先、不思議な発光が男の手より放たれる。それは大地へと伝播し男の足元から細い蔓のような植物が2本飛び出した。


「まじか……」


 ────魔術。


 その概念をより早くで実感するとは思ってなかった。できればもっと感動を反芻したかったものだが、六楼の身体は足元から掬われ無遠慮に投げつけられる。


 鈍い音を耳と身体で感じながら吹き飛ばされ、身体は樹木に打ち付けられて情けない恰好で止まった。えっちな動画で身体をプレスされるみたいなあのポーズ。

 自身の両足の隙間から、魔術を唱えた男の顔と自分のイチモツが伺える。


「ついてたぜ、今日は良く狩れる」

「あ、あはは……お手柔らかに」


 六楼は現実を受け入れるのがうまかった。


         ◇


 ゴトッ ゴトリ ゴトン ゴト ゴト────。


 あぁ、尻が痛い。

 どれくらいこうして揺られただろうか。荷馬車に設けられたテントの隙間から覗く景色は未だ林道の最中。最初は外を繋がれ歩かされていたが、日も沈むと足元も悪くなり転ぶ者が増え始めた。

 それでは商品価値が下がるとかで、六楼たちはこうして荷馬車のテントにぶち込まれた。


「商品価値かぁ……」


 聞きなれない言葉が妙にこの現状に実感を持たせてくれる。

 異世界転生で喜んだのも束の間、現世と同じくなんの能力もない者の末路はこんなものか。


「ま、服は手に入ったしな。呪いの装備付きだけど……」


 今は奴隷商から渡された服をまとい、手足には手枷。服とはいってもテントの端材みたいなただの布。全裸マント状態だ。


 こうなると、あとは奴隷救済モノのお約束展開でも期待しよう。

 商店街を通った心優しいお嬢様が執事の反対を押し切って救済する話とかままあるじゃん。


 六楼はポジティブに捉えることもうまかった。


「ようアンタ、不謹慎なやろうだな」


 急に話しかけてきたのは隣に座っている男。ひどい釣り目にスキンヘッドの胡散臭い雰囲気を隠そうともしていない人間だ。


「周りがこんなに絶望してんに、その希望が残ってそうな目が気に入らねぇ」


 なんだこいつ。

 人がせっかく立ち直ろうとしてたのに水を差しやがる。


「だめですか?暗くなってちゃ自分がつらいもんで」

「じゃあその希望とやらで俺たちも救ってくれよぉ」


 男は周囲を見渡すジェスチャーと共に笑って見せた。

 ほかの虜囚のすすり泣く声が聞こえてくる。

 

「フリチンの男に頼む?それでもよければ信じてみるかい?」

「そうやっても掬われるのは足元なんだろ?」

「あっはっは、そうかも」


 男は冷たい眼で笑う。差し伸べられた手はごつごつしていたが、六楼はその手を取ることにした。

 いいじゃないか、行きずりの荒くれ者と困難を乗り越える……。冒険的で。


「俺、六楼。よろしく」

「オッチンだ。オッチン・デラント」


 お互いの手に感じる確かな力強さ。男二人、ニヤりと笑いこの惨状に穴をあける決意を固める。

 直後、馬の嘶きと共に荷馬車が跳ねあがった。


「「どぅわぁ!?」」

「「「「きゃーー!!」」」」


 急ブレーキは二人の未来を示唆するようで、荷馬車を荒々しく跳ね上げる。

 外では荒くれたちが喚いているようで俄かに騒がしくなった。怒号、衝撃、魔術の発光と不安を煽る音がひとしきり続くと、今度は妙な静けさが訪れた。


 そしてテントを引っぺがされ、異様な光景が眼前に広がった。

 

 月明りに照らし出された虜囚たちが見たのは馬の上で御者を締め上げている艶美な女であった。

 救い主?と希望を抱くには暴力的なその構図。

 小太りの御者は六楼でさえ両手で持ち上げられるかどうかという図体にもかかわらず、その女は片手で軽々と掲げている。


「アンタはねぇ……、不味そうだからいいや」


 そう聞こえた。

 そしてみるみると萎んでいく御者のシルエット。夜闇と月明りの逆光で鮮明にとは言えないが、その皮膚は干からびて、からからに乾いた流木のような有様である。

 御者だけではない、六楼を追い立てたあの荒くれたちもみな、同じミイラとなって横たわっている。


「なっ……精気吸収ライフドレイン!!亜人種デミの中でも死神リッチーかよ!?」

「あんな陰気臭いのと一緒にしないでくれる?」


 喚くオッチンに女は舌打ちをする。


 女は後方からしなる獲物を繰り出した。矢印のようなデザインに尖った先端は容易に隣にいたオッチンの左肩を貫いて、怯んだ隙にその首根っこを鷲掴む。

 御者たちもこうやってやられたのだろう。女のソレは尻尾だった。


「オッチン……ッ!」

「あがっ、ぁ……!」


「お前、出オチキャラかよ!!」という突っ込みが絶対出ていた。今まで通り、ゲームなんかの画面の前だったなら。


 だがここは違う。今はもう、ここが現実だ。なら走るしかない、関わった人間が死ぬのは夢見が悪いだろ。


「離せえぇええぇえっ!!」

「うっさい」


 ドブッ────。


 鈍い音と衝撃が腹部に押し込まれる。垂直に蹴り上げられた身体は宙を舞い、今日何度目かの地面に叩きつけられる。

 あんな細い体のどこにそんな力があるのかと不思議に思うほどだ。

 オッチンが言っていた亜人種とは皆こうなのか……?


「アンタの顔好みだから、大人しくしてたら最後にいい夢見られるわよ」


 私、夢魔サキュバスだから────。


 オッチンを物言わぬ屍にしながら、その女は言った。



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