第4話:喧嘩しようぜ、お偉いさん。

「テストナンバー、数多くんのスキルによる同期実験を再開します」

「人口心臓の正常性サイナスを確認。乙体エルフ体の身体機能、異常無し、甲体シンクロ開始」


金猫チーフが仕切り、ボスの合図によってを発動する。

幼少期からネズミや迷い込んだ野良猫相手に試したことはあれど、流石に人型の死体に入り込むなんて初めてだった。


検証の機会は無かったが、推測通り高位の存在になるに連れ肉体のオリジナリティというものが上がっていき、憑依の難易度が上昇する。やはり俺という貧弱な魂では、身体つきから十分に察せられるほどに、歴戦をくぐり抜けてきているハーフエルフとは釣り合わず、水と油のように反発しあった。


最初に接続したときには既に死んでいた肉体だったのもあるが、比喩では無く何も感じぬ真っ暗闇にポツンと放置されたような底冷えを感じた。


「もしかしたら相性が悪いのかもね」


小次郎ボスがそう推測付けるほどには、俺達の計画は早々に頓挫していた。




―――しかし約二十三回目の実験後、変化が起きた。




「―――――? チーフ、香水でも変えましたか?」

「んー? いや特に何もしてないけど、どうしたん?」

「いえ、なんとなくなんですが、嗅いだことのない花の匂いが白衣から」

「柔軟剤も変えてないけど……………!?」


そこで何かに気がついたのか、慌ててラボの方にすっ飛んでいく金猫チーフ。戻ってきた彼女の両手に抱えられていたのは、一本のバラだった。


「そうそう、この匂いです」

「これ、数日前から置いてたんだけど」

「へぇ、気が付かなかったなぁ」


「―――――、ということだね?」


終始無言を保っていた小次郎ボスが口を挟む。


「そう、ずっとこの部屋で生活していたのに気づけないくらい微細な香り。とっくに鼻も麻痺してわからないはずなのに!」

「つまり、同期によって?」

「少なからず、数多くんが彼女に影響を受けている証拠だ!!」




―――三十六回目。瞳孔の収縮を確認、被験者も形のない光を見たと報告。


―――四十五回目。神経に伝わる電気信号を確認、被験者の脳波によって左右されていることも判明。


―――四十七回目。瞬きモールスによるコミュニケーションを試みる。個人情報などにより、意識体が被験者のものであると判明。


―――――五十一回目。シンクロ状態の最大接続時間更新を達成。今現在も更新を続けている。


―――――五十五回目。四肢の完全なリンクを確認、声帯を介した発声も可能と判断。


―――――五十六回目。人工心臓を除く、全生命維持装置を停止。自発的な呼吸を達成。




そして―――――――五十七回目。




プシュゥゥゥゥゥ―――


空気が漏れ出した音を立て、コールドスリープ装置のような機械のハッチが開く。


覚醒した瞳で持ち上げた両手を眺め、軽く握りしめる。


違和感が無いようにゆっくりと体を起こし、その足で地面に立つ。


俺専用にデザインされた、どこかの軍服を模して作られた黒革のコート。我が事務所のエンブレムが額に施された軍帽を深く被り、上官に向き直る。


「悪の組織ヒーロー事務所:所属番号No.1、一号プライマリィッ! 上官の指示により覚醒しましたァ!!」

「ッ! いきなりイメージプレイとは、気合入ってんねぇ!」

「公私は分けるタイプなんでェ―――それに正式に加入するんです、間違いじゃ無いでしょう?」

「その通りだ、プライマリィ。仮名だけど皆で決めた甲斐があったよ。早速戦闘試験に移ってもいいと思ってるけど、どうだい?」

「問題ないわ、最終的な調整は2週間前の五十六回目のときに終わらせたし。彼……彼女が違和感なければね」

「いけますぜェ、ただ……………」


少しばかりの違和感を口にする。肉体の声質と、女声の使い方など分からないせいで多少しゃがれた声になるが、問題はそこではない。


「拳の握りが甘いような気がして………」

「ちょっと見せて」


ボスに促され、軽い検査も含めて握ったり開いたりを繰り返していく。




「―――――あぁ、運がいいんだか悪いんだか。11%を見事に引き当てたようだね」

「え゛え゛ぇ!!?まさかまさかの―――――左利きサウスポーかよォ!??」




そして迎えた寮生活。


「―――ッ! ―――ッ!」

「あ、数多。なんで無理して左手でご飯食べてるの?」


同室になった幼馴染の親友に、その奇行を心配されながら、慣れない腕で必死に枝豆ポン酢を口に運ぶ俺がいたとさッ!!






◇◇◇◇◇






その場に位合わせるだけで、原因不明の重力を感じてしまうほどのプレッシャー。一人ひとりがそれを有する権力者が並ぶ会議室に困惑の声が伝わる。


「なにやら、廊下が騒がしいようだが」

「全く、警備は何をしている」

「どうやら若い男が入り込んだようですな、下手に追い返すわけにはいかない様子で」

「何故だ? そんな奴などさっさとつまみ出せば良いものを」


「―――そう出来ない理由は、ここにいる人が全員知ってると思ってたんだけどね」

「「「「「「「!!!??」」」」」」」


かなりの湿度を保っていた会議室に差し込む、嵐のような空気。


「貴様、西園寺ィィィ!!」

「すみません! 三鷹会長のお客様だと言われたら追い返していいのかも分からずッ!!」


当たり前だろう。どうして失墜させた男が、正面切って直接会社に乗り込んでくると予想できるか。情報を最小限にするために、男の顔写真を受付に渡さなかったのも、今の状況に拍車をかけていた。


「いやぁ、保身に全力を注いでいる人たちは扱いやすいよねぇ。『もしかしたら全てをひっくり返す程の革新的な証拠を持っているかもしれない』、一度そう考えてしまうだけで、いくら専属ゴールド級冒険者を複数人雇っていようともゴールド最弱の男の手のひらの上だ」

「何をしに来たッ!! 既に貴様の企みなど潰しきっておるわッ!!」

「だから、もしそうなら奥の部屋で待機しているゴールドクラス達を呼ばない理由が無いよねって言ってんの。Do you understandお前ら話通じてんの ?」

「ㇰゥゥゥッ!」

「なら何が目的で来た!!」


その問いに、明らかに人をバカにしたような立ち振舞で答える小次郎。


「いやなに、が新しくから宣伝に来たんだよ」

「「「「「「「ッ!!!??」」」」」」」

「英雄通り七番線『悪の組織ヒーロー事務所』だ、わかりやすいだろ? お前らにとって最悪の事務所だからなァどうぞ、わたくし共をご贔屓に」


怒りで青筋だった権力者は、道化じみた些細な所作ですら宣戦布告に感じてしまう。


それを見てニヤリと笑う小次郎は、最後まで礼儀欠かさず退場する。




「それでは、失礼しました!!」


突如やってきた予測不能の天災。荒らされた部屋で様々な思惑が交差する中、御三家として唯一出席していた三鷹は、悔しさに血が滲むほど爪を噛み削るのだった。

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『悪の組織ヒーロー事務所』 〜裏切られた叔父が悪の組織を始めたので、俺は理想の女幹部になる〜 涙目とも @821410

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