友達の作り方

紫乃美怜

 保健室の引き戸は意外と重い。最初に少し力を入れないと、何かに突っかかったようにガクンと止まる。けれどそれさえ上手く乗り越えれば、扉は嘘みたいにスルスルと抵抗なく開く。

 桜色のカーテンで仕切られただけの寝台は、今は誰も使用していないようで、開けっ放しにされていた。丸椅子に座り机に向かう先生は、今日もとても眠そうだ。

「今日はどうしたの?」

 くるりと椅子を回して、先生が問う。ボクは答えない。いつものように黙って向かいに座るボクに、先生は気にすることなく話を続けた。

「浮かない顔だなぁ。それに隈も酷い。ちゃんと寝てるかい? 駄目だよ。パソコンばっかりしてちゃあ。ネット小説もいいけれど、私は断然紙派だね」

 ぺちゃくちゃと聞いてもいないことを話す先生は馬鹿みたいだが、これでも結構生徒に人気があるのだから不思議だ。

 確かに目鼻立ちのしっかりした顔立ちや、凛とした声で話すところなんかは、絵に描いたような美人ともいえる。黙っていれば知的な大人っぽくていいのに、喋りだすとニッチな小説ばかり読むのが好きなただの変人だ。

 先生は作品を作者で選ばないたちで、どんなにお気に入りな作品も作者名だけは絶対に覚えられない。あと、恐らくだがボクの名前もはっきりとは覚えていない。小説に登場するキャラクターの名前は一度見ただけで覚えられるのだから、要するにこの先生は空想上に生きる人間以外興味がないのだ。

「昨日読んだ〇〇が良かった。ここの言い回しが秀逸でね」

 ボクは先生の話をほとんど真面目に聞いていないが、先生はボクが黙っているのを良いことに、放っておくとずっと一人で喋っている。そうして最後には決まって「本当は私、小説家になりたかったんだよね」と言うのだ。嘘か本当かは分からない。

「君は私以外に話し相手はいないのかい?」

 ボクがいないと答えることを承知で言っているのだから、当然先生はボクの答えなど聞く気がない。だからボクが口を開くよりも先に、先生は言葉を続けた。

「変わり者の君にイイコトを教えてあげよう」

 先生は切れ長の目を猫のように細めて、いたずらに笑う。そしてこそこそ話でもするみたいに前屈みに顔を近づけて、小さな声で言った。

「友達の作り方」

 勿体ぶった言い方の割に至ってくだらない内容に、身構えていたボクの肩から力が抜ける。先生ならば〝完全犯罪のやり方〟ぐらいは言いそうなものなのに、とんだ期待はずれだ。

「交換日記はしたことある?」

 ボクの内心などお構いなしの先生はまだこの話を続けるみたいで、先生の問いにボクは力なく首を横に振る。

「簡単さ。一冊のノートを誰かと共有して、そこに日記だとか、相手へのメッセージだとか、なんでもいいから交互に書いていく」

 面白そうでしょと先生は言うが、その〝誰か〟がいないボクには最初から到底不可能な話である。途中から愛想笑いさえもやめたボクに、先生は笑った。

「実に分かりやすい反応だ。言いたいことは分かるよ。大丈夫。ここからが本題だから」

 分かっているなら早く本題に入って欲しい。ボクは大人しく椅子に座ったまま先生の話に再度耳を傾けた。

「この交換日記は一人でやるの」

 ……それはただの日記ではないだろうか、とはあえて言わない。

「今、それはただの日記だって思っただろう?」

 先生のことは嫌いではないが、こういうところはちょっと面倒くさい。ボクは顰めっ面を隠すことなく頷いた。先生はにやりと笑みを浮かべて言った。

「全然違うからね。一人でをするんだから。ちゃんと〝別人〟になりきって」

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