友達の作り方
紫乃美怜
1
保健室の引き戸は意外と重い。最初に少し力を入れないと、何かに突っかかったようにガクンと止まる。けれどそれさえ上手く乗り越えれば、扉は嘘みたいにスルスルと抵抗なく開く。
桜色のカーテンで仕切られただけの寝台は、今は誰も使用していないようで、開けっ放しにされていた。丸椅子に座り机に向かう先生は、今日もとても眠そうだ。
「今日はどうしたの?」
くるりと椅子を回して、先生が問う。ボクは答えない。いつものように黙って向かいに座るボクに、先生は気にすることなく話を続けた。
「浮かない顔だなぁ。それに隈も酷い。ちゃんと寝てるかい? 駄目だよ。パソコンばっかりしてちゃあ。ネット小説もいいけれど、私は断然紙派だね」
ぺちゃくちゃと聞いてもいないことを話す先生は馬鹿みたいだが、これでも結構生徒に人気があるのだから不思議だ。
確かに目鼻立ちのしっかりした顔立ちや、凛とした声で話すところなんかは、絵に描いたような美人ともいえる。黙っていれば知的な大人っぽくていいのに、喋りだすとニッチな小説ばかり読むのが好きなただの変人だ。
先生は作品を作者で選ばない
「昨日読んだ〇〇が良かった。ここの言い回しが秀逸でね」
ボクは先生の話をほとんど真面目に聞いていないが、先生はボクが黙っているのを良いことに、放っておくとずっと一人で喋っている。そうして最後には決まって「本当は私、小説家になりたかったんだよね」と言うのだ。嘘か本当かは分からない。
「君は私以外に話し相手はいないのかい?」
ボクがいないと答えることを承知で言っているのだから、当然先生はボクの答えなど聞く気がない。だからボクが口を開くよりも先に、先生は言葉を続けた。
「変わり者の君にイイコトを教えてあげよう」
先生は切れ長の目を猫のように細めて、いたずらに笑う。そしてこそこそ話でもするみたいに前屈みに顔を近づけて、小さな声で言った。
「友達の作り方」
勿体ぶった言い方の割に至ってくだらない内容に、身構えていたボクの肩から力が抜ける。先生ならば〝完全犯罪のやり方〟ぐらいは言いそうなものなのに、とんだ期待はずれだ。
「交換日記はしたことある?」
ボクの内心などお構いなしの先生はまだこの話を続けるみたいで、先生の問いにボクは力なく首を横に振る。
「簡単さ。一冊のノートを誰かと共有して、そこに日記だとか、相手へのメッセージだとか、なんでもいいから交互に書いていく」
面白そうでしょと先生は言うが、その〝誰か〟がいないボクには最初から到底不可能な話である。途中から愛想笑いさえもやめたボクに、先生は笑った。
「実に分かりやすい反応だ。言いたいことは分かるよ。大丈夫。ここからが本題だから」
分かっているなら早く本題に入って欲しい。ボクは大人しく椅子に座ったまま先生の話に再度耳を傾けた。
「この交換日記は一人でやるの」
……それはただの日記ではないだろうか、とはあえて言わない。
「今、それはただの日記だって思っただろう?」
先生のことは嫌いではないが、こういうところはちょっと面倒くさい。ボクは顰めっ面を隠すことなく頷いた。先生はにやりと笑みを浮かべて言った。
「全然違うからね。一人で交換日記をするんだから。ちゃんと〝別人〟になりきって」
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