蝶々
2025年4月9日
家族で出かけていた時
ショッピングモールで背の高い男の人が通った
柔らかい、淡い黄色を纏ったような人
「彼だ」
そう目で追った
今離したらもう会えないような気がした
実際は違う、地元が遠いのだから有り得ない
でもここで彼と通話が
当分途絶えてることを思い出した
学校が始まる前に
迷惑をかけない程度には話せるように
そう思いまた通話に誘った
何を話したのかはあまり覚えていない
でもとにかくずっと笑顔で
それと共に涙を流していたのは覚えている
どうして溢れたか分からない涙
でも決して悲しくも辛くもなかった
そしてこの日
「2人きりで話した方がいいかも」
と言ったのがきっかけで
デートすることが決まった
会うのはその週の土曜日
とりあえず楽しもうと思った
2025年4月11日
バイト帰りの電車内で母へ連絡する
「明日の服買いに行きたい」
何となく彼と会うのに
適当な服では行けないと思ったのだ
普段はフェミニンな服など着ない
動きづらいし何より慣れなくて落ち着かない
だけど今回はこれが最適解だと思えた
とびきり可愛くお洒落して
学校で見せる私では無くすと決めた
その方がまた話がしやすい気がしたからだ
デート当日
顎下3センチの短い髪を
できる限りアレンジして普段と雰囲気を変える
メイクは濃すぎずでも結構盛れるレベルで
ネックレスは目が行くように濃いデザインの物を
今日はいつも右の薬指に付けてる指輪はしない
誰のものでもないと主張するかのように
ある程度動きやすくスタイルアップして見える
段の入ってないロングレーススカートを履いて
靴はトップスの映える白のブーツを履いた
完璧そうに着飾って
簡単でフワフワした子に見えないように
嫌われる事は無いと自信が持てる自分になって
念には念をと30分ほど余裕を持って家を出た
いつも学校やバイトの往復で使うJR線
見慣れた車両に見慣れた景色
いつもと同じ時間を過ごしているのに
いつもと違う感覚に襲われていた
集合予定の駅に近づく度
心拍数が10ずつ上がっていく感じ
気づけば本気のランニングの後よりも
遥かに脈は早く私を煽った
集合場所に到着
やはり休日の都会は人が多い
私も随分早く着いているが
もう彼が待っているのが見える
「今日は普通に話せる気がする」
意味もない小走りで
今ある全ての勇気を出し
「おはよう」
目を見て言えた
約二ヶ月ぶりに目を見ていた
とにかく嬉しかった
話せないという一番の問題がなくなったから
この後は映画を見て
共通の友人に報告するためにプリクラを撮り
可愛いカフェに一緒に行き
カラオケにも行った
とにかく充実した1日だった。
だが帰り際
彼の背中を見てふと
なんだか蝶々みたいな人だな
…急にどこか遠くに行ってしまいそう
そんな根拠もない不安に襲われた
【失いたくない】
そう強く心が叫ぶ
あぁ、私彼のことが好きなのか
心がそう強く理解した瞬間
焦げそうなほどに目が熱くなった
脳汁が滝の如く溢れるような頭痛がした
死ぬのではないかと思えるぐらいに心が絞られた
あの日
友人からの
「好きなんじゃないの??」
という言葉は飲み込めなかった
彼を何も知らないのに好意を抱くなんて
有り得ない話だ
そう思い込ませていた
でも理性が好きだと言うのだから
本能が抗うなと釘を打ったのだから
これはもう覆せない事実
会えた時はなんだかとても幸せ
彼からの通知や着信に一喜一憂して
気付けば彼の話ばかりしている
彼のせいで心臓発作が起きているみたいに
私の鼓動はいつもうるさい
もう大丈夫
彼の事が好きならば……
取るべき行動が鮮明に見えた
だが私にはそれがいいのかは分からなかった
4月15日
1年生のオリエンテーションのスタッフとして
3時頃まで学校にいた
なんとなく今日は気持ちがブルーで
あまり明るく振る舞えない
好きだと自覚してしまって
また少し会話のやり方を忘れていた
帰宅後も心が落ち着かない
だけどそれと同時に妙に頭は冷静で
今1番話したい人は明確だった
彼にLINEを送る
嫌われてしまったら
そんな心配をよそに本能が文字を起こす
「少し電話できたりする?」
すぐに既読がついて通話が始まった
またこれもイマイチ内容を思い出せない
彼の前で初めて本気で泣いた気がする
重い過去を頭が急に引っ張り出してきて
自分をまた責める時間
「会って話がしたい」
もう彼の前で落ち着けない私では無い
声じゃなくて顔を見て話す方が良いと思えた
次の日の昼
学生の味方であるあのファミレスへ
目の前に座った彼を見て
頭の中で絡んでいた思考の糸が溶ける
そして液体のように口と目から溢れていく
言葉と涙として
────貴方を失いたくない
この時も頭の中心にあった想い
3時間程話して店を後にした
いつもの駅
二階に上がると通りを一望出来る場所がある
そこで時間と空気をなぞった
なぞり流れるほど段々と視界が曇っていく
私の頭と心の蜘蛛の巣のような想いが
貴方の声と姿が
鮮明でなくなっていく
────ぶつけて壊してしまえば
本能がそう強く私に訴える
今日を逃したらもう彼は飛んでいってしまう
それでも今日を最後にふさわしく出来たのか
いや、出来ていない
ならばこの靄のかかった視界を消せる
「貴方のことが好きになりました」
溢れてしまった言葉だったと思う
その後の会話履歴は残っていない
私では無い、私の本能がしていたのだろう
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
あなたのことが好きなんです
片思いだったら良かったんですけど
言っちゃったから
振ってもらわないと私の立場が訳分からんので
どっちかにしてください
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
寝る前にそう彼にメッセージを送る
本心では無い
今の私にとって1番残酷で苦い道
分かっていながら負担になりたくないからと
無かったことにしようとした
「どっちかにしてくださいって言われると、私は付き合ってもいいと思っているよ」
起床後
ぼやける視界の中
スマホの通知センターに焦点が合う
また心拍数が上がる
今の私にとって1番幸せで甘い道
学校終わり
彼をあの景色の前に呼び出した
手すりにもたれ
今一番正しいと思える言葉を探す
直径50cm
やけに鮮明で眩しい視界
心と頭の中に入り込み雑音が消えていく
彼の姿も見えなくなっていく
私が私の本能に負けないように
自らの意思と判断で
とにかく真っ直ぐ1番伝えなければいけない言葉
雑音も人の姿もない私の中で
速くなり続けるうるさい鼓動
息をととのえる
言わなければ
息を吐くようにこぼす
──────
「いいよ」
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