第21話 「暴かれた黒」

──数日前。

ケイは、騎士団たちと共に、倉庫の整理を手伝っていた。


古びた記録帳。

焦げた木箱。

かろうじて読める備蓄表──。


ケイは、汚れた紙束の中から、何気ない顔で、一枚を抜き取った。


(あった──)


若い騎士が、ちらとこちらを見たが、ケイは笑って肩をすくめて見せた。


「大したものは、なかったよ。」


「そっか……助かるよ。」


騎士は、何も疑わずにまた作業に戻った


「でも、これ……ちょっと変です。」


そっと若い騎士に渡した。


「ん? ああ……確かに、妙だな。団長にも報告しよう。」


若い騎士は、首をかしげつつも、紙を懐にしまった。


ケイは、小さく頷く。


──備えは、すでに、打ってあったのだ。


* * *


──シュウナ家の広場


まだ、怒りは渦巻いていた。

だが、ケイの手にある小さな紙束に、民衆のざわめきが広がり始める。


そのとき──!


「失礼する!!」


甲冑をきしませながら、数人の騎士たちが広場に現れた。

その中央に立つのは、シュウナ家直属の騎士団長アックだった。


「今しがた、調査の結果が出た!」

アックの声が、広場に響き渡る。


「シュウナ家の備蓄に生じた損失──

その背後には、カーヴァル家の干渉があったと判明した!」

「通常では考えられない、不自然な流れ。

カーヴァル家の領地を迂回して物資が減っていた。」


(仕組まれた抜き取り……。)


「なっ──!?」


村人たちのどよめき。

一瞬で空気が変わった。


その時──


カーヴァル家の使者として控えていた男が、顔色を変え、思わず叫んだ。


「ば、馬鹿な……火事で帳簿は全部燃えたはずだろうが!」


──その瞬間。


広場全体が、凍りついた。


「火事……?」


誰かが、ぽつりとつぶやく。

村人たちは思い出す。


──不自然な火災。


「……火事で帳簿倉庫が燃えた事を、どうして知ってるんだ?」


「お前ら……仕組んだのか?」


村人たちの視線が、カーヴァル家の使者たちに突き刺さる。


その瞬間──


「わあ、あのおじさんだ!」


人混みの隙間から、サクの弟・フウが声を上げた。


「前に、倉庫の裏で火遊びしてた、おじさん!」


場の空気が、一瞬で凍りつく。


使者の顔色がさっと変わる。


「……子供の戯言だ。そんな証言に、何の価値がある!」


使者はあくまで強弁しようとする。


だが、アックは冷静だった。


「そうか? なら、これはどう説明する。」


アックが掲げたのは、焦げた倉庫跡で拾われた、小さな生地。 カーヴァル家の紋章が、微かに刻まれている。


さらに、騎士の一人が使者の腕を取る。


そこには──


生々しい火傷の痕が、はっきりと残っていた。


「火事のあと、森へ逃げた者がいた。火傷を負いながらな。」


アックの声は静かだが、有無を言わせぬ圧があった。


使者の顔が引きつり、汗が噴き出す。


「……っ!」


逃げ場は、もうなかった。


* * *


その様子を、群衆の後ろで見ていたネアは、

ぎり、と奥歯を噛み締めた。


(……しくじった。)


「ただの小僧」だと見くびった結果だった。


ケイは、まるで「未来を知っているかのように」、

すべてを、逆転させるための布石を打っていたのだ。


(まさか、こんなことが……。)


後悔は、遅かった。


* * *


そして──


「領主様!」


若い騎士が、広場の中央、困惑するシュウナ家の夫妻に膝をついた。


「我らは、シュウナ家の正義を信じております!」


「……!」


領主夫妻の目に、光が戻る。


次々に、村人たちも──


「俺たちも、領主様を信じます!」


「疑って……ごめんなさい!」


「これからも、この村を守ってください!」


涙を浮かべながら、頭を下げる者たち。

──かつてない、団結の瞬間だった。


ケイは、そんな光景を静かに見守りながら、

ぎゅっと拳を握った。


(……これが、俺の見たかった未来だ。)


* * *


──その夜。


ネアは、シュウナ家の村をひっそりと後にしようとしていた。

だが、村外れの林に踏み入った瞬間──


仕掛けてあった罠が発動する。


「っ……!」


落とし穴。

絡みつく網。

音もなく、ネアは地面に縛り上げられた。


そこに、静かに歩み寄る影──


ケイだった。


「……少し、話がしたくてね。」


月明かりの下で、ケイは静かに言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る