第8話 「ケイの、意味不明な一日」
朝、ケイは川辺に立っていた。
手には何本もの杭と、細い縄。
「……よし。」
ケイは黙々と杭を打ち込み、縄を張り巡らせた。 川の浅瀬を囲うように、雑に見えるが、よく見ると緻密な配置だった。
「な、なにしてんの……?」
サクが遠巻きに尋ねる。
「魚捕りの罠でも作ってるのか?」
近くを通りかかった村人も、怪訝そうに眉をひそめる。
ケイは軽く肩をすくめた。
「いや、なんとなく。」
実際、魚を捕るわけではない。 けれど──
(ここに人が落ちても、縄に引っかかって深みに沈まない。)
ケイは夢を思い出す。
──川に落ちる村の子どもたち。
──必死に手を伸ばすも、流れに飲まれる姿。
(……今のうちに、できるだけ。)
誰にも悟られぬよう、ケイは淡々と作業を続けた。
* * *
昼頃、村の鍛冶場へ向かったケイは、古びた鉄くずの山を物色していた。
「ケイか? また変なもん探してるな。」
鍛冶屋の親父が笑う。
ケイは錆びた釘、割れた鍋の蓋、欠けたナイフの柄── 一見ガラクタにしか見えないものばかりを、丁寧に選び取った。
(──小さな破片でも、何かをつないだり、道具を作ったりできる。)
(必要になる日が、きっと来る。)
ふと、鍛冶屋が訊いた。
「何に使うんだ?」
「……秘密。」
ケイはにやりと笑って、袋を肩に担いだ。
* * *
午後、ケイは広場で、サクと騎士団の若手たちと一緒に、石蹴り遊びをしていた。
……が、明らかに動きが妙だ。
石を蹴るふりをしながら、地面の小石を拾ったり、広場の段差を覚えるように歩き回ったり。
「あいつ、なんか探してんのか?」
「訓練か? 変な動きだな。」
騎士たちは首を傾げたが、サクだけは「いつものことだ」と笑っていた。
──ケイは、広場の危険な箇所を調べていた。
(夢では、確かこの辺りだったな?)
未来の破片を拾い集めながら、サクに合わせて、子どものようにはしゃいでみせた。
* * *
夕暮れ。
ケイは村の裏山へ向かっていた。
背負った袋には、鍛冶場で拾ったガラクタたち。 足取りは軽い。
──予知夢に映った未来。
道中、ケイは森に落ちていた蔓や、丈夫な枝を拾い集めた。
すべてが"まだ必要ない"ことばかり。 それでも、ケイは迷わなかった。
小さな未来を、少しずつ変えていくために。
* * *
夜。
村の広場では、また小さな宴が開かれていた。
ケイも誘われたが、今日は早々に抜け出した。
「……やっぱり、変わってるよな。」
広場の隅、グラスを傾けながら、アックが呟いた。
「ただの偶然にしては、勘が良すぎる。」
副官が同意する。
だが、アックは笑った。
「悪い奴じゃなさそうだ。」
月明かりの下、ひとり歩くケイの背中は、どこまでも静かで、どこまでも遠かった。
(何を見ている? ケイ。)
アックの胸に、言葉にならない問いが芽生えた。
──そして。
ケイは、誰も知らない夜道で、ふっと小さくつぶやいた。
「もうすぐ、だな。」
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