第6話 「備えと火傷と、新たな出会い」
馬車の事故からしばらく経ち、村にはようやく落ち着いた日々が戻ってきていた。
火事で半壊した家々は応急処置が施され、子どもたちの笑い声も、広場に少しずつ戻ってきた。
ケイはその片隅で、今日も黙々と作業をしていた。
村の外れ、誰も通らない道の脇に、小さな杭を何本も打ち込んでいく。
意味なんて、誰もわからない。
それでも──
「おーい、また変なことやってるー!」
元気な声が飛んできた。サクだ。
「なにそれ? 杭打って、どうすんだよ。」
「まあ……使う時が来るさ。」
ケイはニヤリと笑うと、次の杭を打ち込んだ。
サクは呆れたように肩をすくめたが、それでも手伝い始める。
「なんかよくわかんねーけど、面白そうだしな!」
そんな二人の様子を、馬に乗った一団が遠くから見ていた。
──騎士団だ。
先頭に立つのは、堂々たる体躯の男。
銀の鎧に身を包み、鋭い眼光を持つ騎士団長、アックだった。
彼らは、再び村の復旧具合を視察に来たのだ。
「おい、あれ……馬車事故のときに手伝ってくれた少年だろう?」
アックが副官に耳打ちした。
「ああ、間違いありません。馬たちを止めた功労者です。」
アックはしばらくケイを見つめ、それから馬を降りた。
「お前、名前は?」
突然声をかけられ、サクがビクッとする。
だがケイは、落ち着いた様子で頭を下げつつ、答えた。
「……ケイ」
アックは、ふとケイの腕に目を留めた。
火傷の痕が、薄く赤く残っている。
「……この前の火事のときに、負ったのか。」
ケイは答えず、小さく笑っただけだった。
アックは、それ以上何も言わなかった。
ただ、重々しく頷くと、肩を軽く叩いて去っていった。
* * *
その日の夕暮れ。
ケイは広場の隅で、草むらにしゃがみこんで何かをしていた。
サクが気になってそっと覗き込むと、手には細長い葉を持っている。
「また何拾ってんだよ……?」
「薬草だよ。」
ケイはさらりと言った。
「別に今すぐ使うわけじゃないけどな。備えってやつだ。」
サクは首を傾げたが、結局深くは聞かなかった。
もう慣れたのだ。ケイが「意味わからん備え」をするのは、日常なのだと。
草の匂いが、風に乗って広がる。
太陽が沈みかけ、村全体がオレンジ色に染まる。
ケイは、その光の中でふと空を見上げた。
(……まだだ。これから、もっと大きなことが起きる。)
胸の奥に、予感のような重みがある。
けれど、それを誰にも語るつもりはない。
今日も、ただ、静かに備えるだけだ。
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