涙の行方

紫月 由良

第1話 妹の涙

「さくら」

 私の名前を呼ばれて、振り返った。


「……お姉ちゃん」

 久々に見る姉の姿にほっとする。


 姉は不倫掠奪愛の末の結婚に、両親が激怒して家を追い出された。

 その後、一度も顔を合わせてなかったとはいえ、私に残された家族は、たった一人、姉しか残っていなかったから。

 


「嘘……本当にお父さんもお母さんも亡くなったの?」

 信じたくないと顔に書いたまま、お姉ちゃんが確認する。


「本当。旅行先で事故に遭って、帰ってきたところなの」

「嘘……そんな」

 言葉を詰まらせながら、お姉ちゃんの目から涙が溢れた。



 * * *



 大学の学食でランチ中、知らない番号から着信があった。

 もしかして内定先から? なんて気楽に思っていたのに……。


「和泉さくらさんですね?」


 事務的に名を聞かれて「はい」とこたえたのは憶えている。

 電話は警察からで、目の前が真っ暗になった。どうしたらいいかわからなくて、その場で友達に泣きついて、そうしたら友人のお母さんからあれこれアドバイスがきて、その通りに現地に向かって、お父さんとお母さんを引き取った。


 既に死亡診断書も出て、今は葬儀社の安置室だった。

 説明しながら涙が零れた。


 そこからは溢れるのがとまらず、子供みたいにわぁわぁ泣いた。

 お姉ちゃんも勘当されて出て行ったときに大喧嘩したとはいえ、やっぱり親の死が辛かったみたいで、同じように声が枯れるまで泣いていた。


 二人で一晩泣き明かして、その後は葬儀社に行って式の話を詰めたり、親戚に連絡を入れたり大変だった。


 私はまだ大学生で、わからないことも多かったけど、お隣さんを始めご近所さんが色々と手伝ってくれたし、お姉ちゃんも頑張ってくれたから式まではなんとか頑張れた。

 小さくなった両親を家に連れて帰ると、一人が辛いと思った。


「ねえ、一緒に暮らす?」


 お姉ちゃんも一人暮らしだ。

 不倫掠奪愛の相手は、一年前に倒れてそのまま亡くなっていた。

 癌だったらしい。


 発見されたときには手遅れで、直ぐに大学病院に転院したけど、退院することも叶わず一ヶ月持たなかった。


「経験したからわかるけど、一人になったって実感すると辛いよ」

「でも家を離れたくない」


 生まれてからずっと住んでいた家で、離れたくなかった。

 一人になったって、ご近所さんがいるから何とかなりそうな気がする。


 最近は希薄らしいけど、ウチの近くは普通に付き合いが密だから。以前、お母さんが「昭和みたい」って笑って言ってた。

 それに一軒家にしか住んだことがないから、マンションの生活というのがピンとこない。


 高層マンションって、何階に住んでるとか、部屋の広さでマウント取り合うって聞いたことがあるから怖いし。


「そう? だったら帰るけど、一緒に暮らしたくなったらいつでも言って」

 後ろ髪をひかれるように、何度も振り返りながらお姉ちゃんは帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る