A cup of my heart

玉置寿ん

A cup of my heart


初めて異変に気が付いたときには、もう遅かった。あの瞳に射抜かれた瞬間から。


透明のコップを手に台所へ入った。蛇口をひねり、七分目まで水を注ぐ。そしてそのまま流し台に置いた。


このコップはまさに、今の私の心そのものだ。私はそこへある言葉を落とした。


「すきです」


こつ。底に当たると同時に水かさが少し増す。


「すきです」


こつ。それは、あの人には決して伝えられない感情。


「すきです、ごめんなさい」


 コップを持ち上げる。水はひんやりとしているけれど、言葉が沈む底のほうは少し温かい。

 レースで飾った窓辺に据えると、分厚いガラスの底に光が入射し、弾き出され、とりどりの色に変化していった。


 白い蝶が窓の外を横切った。


 私は落とした言葉ごと水を一息に飲んだ。言えない想いはざらりと喉を触って、また胃の中へ帰った。

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A cup of my heart 玉置寿ん @A-Poke

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