女神・神霊体験記
@shigeru000furuse
第1話 女神との出会い
俺と神様との出会いは――ふとしたことから、とある神社へ実習に行ったことがキッカケだった。
――その神社は富士大宮というかなり古いお宮だった。
俺はそのころ神主の卵だったが、神様など存在するとは思っていなかった。
――ふつうの人間で――いや、神職であっても神を信じる人はどれだけいるだろうか?
だが、高校時代からの霊界体験で、あの世があることはわかっていたし、霊とも腐るほど会った。
それでも神代の神様など――とうに腐ってしまっているのではないだろうか――そんな感覚だった。
――懐かしい思い出なので、少し思い出しながら語っていきたいと思う。
神職になるに当たっては――東京の国学舎大学か、伊勢にある王学館大学にある神道学科――あるいは大きな神社で運営している神職養成所を卒業する必要がある。
また、神社を統括する本庁の規定により、神務実習を受けなければならない。
どこの神社でも嫌がらずに迎えてくれて、ちゃんと実習代(報酬)も出してくれる。
神職になるために神務実習が何日間と決められているのが解っているからである。実習の単位を取らなければ神主にはなれない――そうなればたちまち全国の神社は人手不足になってしまうのだ。
【富士山での神務実習】
ある日俺は神宮の齋館で潔斎をしていると――、
「学生君、富士山で奉仕してみんか」と、上下関係の厳しいなかでも、いつも気さくに話しかけてくれる職員さんから声をかけられた。
その一言が――俺と神さまとの出会いとなろうとは、今思えばまったく思いもせず――神さまとの運命の出会いだったのだろう――と、しみじみ思うのである。
――夏休みはまるまる二ヶ月あった。
大学のシステムと同じで、夏休みは長い。
どこの神社でも夏は暇なのでロングバケーションをとれるのだが、考えてみれば夏がかき入れ時という神社は聞いたことがない。
……閑(ひま)なのだ。
そこで俺はここぞとばかりに七月に日光で八月に富士山でと、あますことなく奉仕(アルバイト)を入れて、あまった時間を遊びに回すと決めた。
まず日光で奉仕――終わって何日か余ったので郷里の信州へ帰った。
親父と酒を呑み中央アルプスの頂を眺め――久々の町の風景を満喫した。
そしていよいよ富士山の鳥居をくぐった。
地下水なのだろうか――
その晩は一晩泊まることになったので街を散策して、しばらくお預けの生ビールを飲んだ。
夏の富士山で奉仕をするのだから当然頂上である。
朝一番でバスに乗り登山の開始となった。
――じつは富士山をなめていた。
ただ登っていけばいいなと思っていたが――それがなかなかキツイのだ。キツくてそこでリタイアする人も少なくない。
だいたい八合目がその境目になる。――なので八合目で一泊するのも手だが――お金や時間のことを考えるとそうもいかない。
だが――ここから先が〈高山病〉という悪魔が襲ってくるのだ。
簡単そうでなかなかキツい山登りだなと思ったが、長野では高校卒業まで多かれ少なかれ一時間から二時間も通学に費やしていて、しかもちょっとした山を一山越えるルートだったので、かなり体力があったようだ。
どんだけ田舎だよ……と言われそうだが、それに関してはかなりな自信がある(汗)。
そしてこれは重要だが――長野自体が標高が高いので普通の人より血が濃いというか肺活量も高かったので登山は得意だったようだ。
ちなみに俺のいた町は標高が七〇〇メートルということらしい。東京や名古屋から帰った時は、電車から下りた途端――南極に来たかと思ったくらいだ。
頂上に着くといつの間にか天候が荒れていた。
真っ白な霧のような雨が四方八方から殴りかかってきた。下からも吹いてくる。宇宙空間のような世界だった。
とはいえその頃にはかなりヘロヘロになっており、そんななかでキツさを紛らわすためかあらぬ事などボンヤリと考えていた。
〈ここは木花咲耶姫命の山だよね――絶世の美女なんだろうなあ。でも、ニニギノ命の奥さんだから恋したら不倫になっちゃうよね。やっぱり……〉
そんなばかなことを考えていた。
――ところがそれが誰かに聞かれていたらしいことは、後々わかったことだった――
頂上には多くの山小屋があり――登山者のための食事や土産物――宿泊の施設まであった。――八月の末まで運営されると言うことらしい。
銀座通り?というところを歩いた端にその神社はあった。みな暴風や積雪に耐えられるようその辺りの火山岩を積んで補強されており、一見岩で出来たトーチカか黒い要塞のようだった。
――着いて先輩神主さんに挨拶し荷物の整理をしていると夕食の時間となった。
ここの職員さんはみな山男のようであり、気を利かせてつくってくれたカレーが妙に美味しかった。
――その晩――
――何時になっているかわからないが、真っ暗な部屋の中で目が覚めた……いや、醒めたわけではなかった……。
なにか荘厳というか――爽やかな空気がながれていた。
すると、右の脇腹あたりに、ちいさな女の子の手のようなものが感じられた。
その紅葉のような可愛らしい白い手が、サワサワと珍しいものでも触っているように、気がすむまで何度も何度も往復していた。
少しおっかなびっくりなように思えて、まったく怖さは感じなかった。
どうやらちいさな女の子かなと思われる綺麗な手は、不思議なことに床の下から手が伸びているように思えた。ただ真っ暗で、床も部屋も仲間たちの姿さえ存在しないようだった。
しばらくして手は引っ込み――俺はスウッと目が覚めた。
次の日は朝早いというのに風邪をひいてしまった。さらに酸素濃度も低いので高山病の症状もあわせ悪性のものとなった。
みなにすまないと思いつつも床に伏せっていた。外も風邪と同じように荒れた天気だった。
「おい大丈夫か?記念撮影するからそれだけでも出ろよ」すぐすむからと言うのだろうが、こっちは歩くだけでお腹がグルグルいって吐きそうなのだ。
それでも引っ張り出された――かなり強引な職員ではないか。
フラフラしつつ、すでに神社の前に整列している神職、学生、用務員らの間に入って写真を撮ったのだが、数段ある石段下の宮司さんの頭に吐き出すのを必死でこえた。
言わずもがな――髪は爆発して鬼のような形相の神主が――下の神主にゲロを吐く寸前のような、たしかに記念すべき写真となってしまった。
おそらく神社の書庫にはその写真が宝物のように眠っているのだろう。
この写真を見せてあとで学生寮で笑われたのだが、面白そうな神社だと思われたのか、翌年の神主実習は同じ神社に六人も押し寄せる大盛況ぶりだった。
そしてまた一年たった恒例の記念撮影で失敗してしまった。
神社の拝殿の前には数段の石段が組まれており、そこに十数人の神主、学生らが整列した。
するとそれを待っていたかのように、どこからともなく不思議な蜂のような虫が飛んできて――俺の顔の真ん前でブンブン飛び回った。
まるで懐いているかのようで嬉しくもなったが、虫にしては何かの意思でも持っているのではないかと思えるほどだった。
これだけ多くの神主がいるのに、なぜ俺だけなのか、それだけが不思議だ。
もうすぐシャッターが切られるという時なので、顔を動かすことも出来ず、口を尖らせフーフー息を吹きかけ追い払おうとする。
みな事情がわかってクスクスと静かな笑い声も聞こえた。その瞬間にシャッターが下りてしまった。またまた失敗してしまったのだ。
「なんでお前だけいつもそうやねん」 地元伊勢出身の仲の良い同期が笑いながら肩に負ぶさってきた。
あとで見てみると、祢宜さん以下みな一様にニヤけるか必死にこらえている写真となってしまった。
この写真もたぶん神社の歴代職員記録に収納されているだろう。
後々のことだが、この虫は何度となく俺の前に現れ、人生の不思議な伴侶ともいえた。
これも俺の中のミステリーの一つとなった。
そして俺は伊勢へと帰った。
【霧島・宮崎に行ってみた】
神職であるから神社巡りは勉強になる。というわけで――たしか研修旅行と言う名目で、神宮からお金が出ていたのだと思う。
ということで――研修旅行――ということになった。
南九州――宮崎――鹿児島の由緒ある神社を巡るのが目的だが――ここに導かれたのも思えば不思議な縁だったのかもしれない。――もともと縁があったのだ。長野生のくせに……。
まずは青島神社に参拝――まさに青い島のなかに神社がある。
海辺の美しいロケーション――絶景である。――なんでも神武天皇の母親が陸へ上がったところらしい。海亀だったのかな?
つぎは鵜戸神宮ーー神武天皇の母親の神社だ。ここで神武天皇を出産したらしい。
〈俺のくせだがあまり尊攘語は使わない。その点は学術書だと思ってくれ……〉
縁結びに土の玉を一個もらった。それを投げて海の中にある大きな岩の水の溜まったくぼみに入ればご利益があると言われた。つまり想っている人と結ばれるというらしい。
どうせ入らないだろうとは思ったが、神さまは嘘はつかないだろうと(半信半疑であったが)まあやってみようと――適当に投げた。
ところが……入ってしまったのだ。
まさかとは思ったのだが――。
これはどうも後々のことを考えるとぐう然ではないように思うのだが――その運命の赤い糸がまったく思いもかけない人につながっていたとは、想像だにしなかったのである。
――なにかに導かれていた。
今だからこそわかるのかも知れないが、高校の時から女に関しては不運だったのは確かであり、人生を今改めて思い起こしてみると、人生のジグソーパズルが一枚一枚はまっていくのだ。
そういえば――高校のときに俺の母親に占なってもらったことがある。拝み屋ではないのだが――そんなことが出来る。
そうしたら、お前を待っている人がいる――と言われた。
誰が待っているのか?――何人もいるはずがないから、たった一人?の誰かだ。
俺はなんとなく期待したのだが――やはりどこまでいっても女運はなかった。
つぎは霧島神宮――霧に霞む荘厳な雰囲気の境内の森の中を進んでいくと、注連縄の大きな立派な社殿があった。
宮司に案内され参拝が終わると、宮司の挨拶の中で不思議なことを話してくれた。
『――天皇陛下のご来訪の時も、まずお清めの雨のようにサーッと雨が降り、それがやんだかと思うと、厳かにそのまだ雨霧に煙る中から陛下がおいでになられました。今日も全くそれと同じことが起こって、誰か偉い人がきたのかなあと思いました』
杉木立に囲まれたずっしりとした重さの空気に包まれたその神域に俺たちは癒やされた。
――どうやら宮崎とも縁があるようだと俺は思った。
【神宮あれこれ】
一年目の正月――初めての神職側としての正月を味わうことになった。
これは一週間以上の長期実習であり、正月などは
実習といっても要するにアルバイトであり、神宮側も職員に余裕を持たせ、――土日は授業がなく神宮で神務実習となる。
神宮は授業料・寮費など一切免除されているのでありがたいし、さらにこの実習は安いけれどもお金が貰えるので小遣い稼ぎにもなるのだ。
お金のない我が家にとって見れば至れり尽くせりであった。
俺はどうも外宮と縁があるようであり、宿営中にでっかい球体に遭遇したこともあった。彼女と出会ったのも何がしかの縁が引き寄せられたのだと思う。
内宮での奉仕は参拝者(けっして観光客とは言わない)が多いこともあり、忙しく騒がしく慌ただしく、それだけスリリングな体験ではあったのだが、俺はそれより静かで落ち着きのある外宮での仕事のほうが好きだった。
そこで出会ったのが彼女だった。歳は同年か一個上かも知れない。優しそうな女だ。
神札授与所(販売ではなくあくまで授与だ)で隣同士になり、冗談を言い合ったり他愛もない会話も弾んだ。
いままで女性には話すことさえ奥手であると思っていたのだが、彼女と話すことには何のためらいもなく、いつしか時を忘れてしまうくらいだった。
正月も終わり一度でも会いたいとは思ったのだが、当時は携帯電話などはなく、まずは家への電話が関門だった。
向こうも気をもんでいるみたいだったのだが、なかなか上手くいかず、一度も会うことはなかった。
そんなこんなであっという間に年月が流れ――俺は二年間世話になった神宮を去ることとなった。
卒業し神宮を去る少し前、近くの宝石店で真珠のネックレスを買った。
どうして渡そうか迷っていたが、兄のように仲のよかった職員に渡してもらうことにした。
このまま交際がつづけばめでたく結婚という選択しもあったのだろうが、運命は別の方角へと流されていった。
そして俺は富士山へと旅立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます