ある、婚約破棄の話

山田ジギタリス

ある、婚約破棄の話

「エリザベス、貴様との婚約を破棄する!」

「わかりましたウイリアム殿下、では里に帰らせていただきます」

「ほっ、本当に破棄するぞ」

「ええ、ですから里に帰りますって」

「本当に、本当に、いいんだな」


 何度も続くやり取りに焦れた女性が何も言わずに立ち上がり、部屋の外に向かう。侍女も護衛もそれについて行く。

 

「だめだ、出ていくな、いやだぁ~」


 とうとう男性が泣き出すと女性は溜息をついて、くるりと向きを変えて戻ってくる。


「殿下、どこからお知りになられたのかは存じませんが、婚約破棄するためには婚約をしないとなりません」

「ひっく、だから、ひっく、エリザベスとは……」

「殿下、私は未亡人ですし、殿下より十歳年上ですし、実家が子爵家なので殿下の婚約者にはなれませんよ」


 エリザベスが座ったまままましゃくりあげる少年の横に座ると、少年の身体を引き寄せ頭を膝に載せる。


「私を妻にと望むのなら、もう少し大人になってくださいませ」


 そういうエリザベスの顔は愛しい者を見るような表情だ。


『それにしても神様も意地が悪い』


 エリザベスにもウイリアムにも前世の記憶がある。前世二人は幼馴染で夫婦で来世を誓いながら天寿を全うした。ただ、転生する時期が十年ずれたため、エリザベスは他の男の嫁になり未亡人となってしまった。前世に気がついたのは王宮で再会した時。婚家を追い出され途方に暮れていたエリザベスに王宮での仕事をあっせんしてくれた友人には感謝しかない。

 

 前世からの縁というロマンチックな関係を聞いた王妃陛下がまず二人の味方になった。そして本来は婚約者候補筆頭だった公爵令嬢が味方になり、外堀は埋められ、あとは体裁を整えるだけになっている。


 気がつくとウイリアムは寝息を立てている。さて、どうしようか。そう思っているエリザベスに侍女が耳打ちする。

 「どうかそのままで。今日は、ちょっとわがまま言ってますが、会えなくても勉強も剣の訓練も政務も頑張っておられましたからお疲れなのでしょう」

 

 そうなのか。なのについつい小言を言ってしまった。


「早く一緒にいられるようになりたいですね、あなた」

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