前日譚 あの日のかけら

小さなプライド。 feat.ソラ

 夏美たちが小学一年生になったある日のこと。


 給食の時間、デザートにナタデココ入りのレモンゼリーがついてきた。


 みんなデザートつきなのを大いに喜んでいたけれど、リクはゲームのラスボスでも見るような険しい顔になった。


 即座に未開封のゼリーを夏美のトレーに移動した。


「俺こういうの嫌い。夏美にやる」

「いいの? やったー。ありがとう。代わりにからあげ、リクにあげるね」

「やりー!」


 夏美は素直にゼリーを受け取って、からあげの皿をリクのトレーに移動させた。

 実は鶏皮が嫌いだから、夏美は鶏料理を苦手としている。リクの好物はからあげだから、物々交換はお互い好都合だった。

 先生は食べ残すと怒るが、交換して結果的に廃棄が出ないなら怒らない。


「うーん! ゼリーおいしー!」

「よくそんなもの食えるな。俺には良さがわからん」

「私もお肉そんなに好きじゃないから、からあげたくさん食べられるのわからないや」


 相手が好きなものだからあげるというならほほえましいが、リクと夏美の場合、苦手なものの押し付け合いである。


 ソラはソフト麺を袋の上から箸で半分にしながら、憎きゼリーの処遇を考えていた。

 豚バラ肉と長ネギとにんじんがたっぷり入った肉野菜スープに麺を半分入れて、麺をすする。


(夏美、甘いの好きなんだよね。夏美にあげたら、喜ぶよね。でもリクみたいに嫌いなものだから押し付けてるって思われるかな……。なんかみんな、「双子だと考え方似るよねー」って意味分かんないこと言うし。ああ、食べたくないな……。口の中に甘ったるいの残るの嫌だな)


 夏美以外の人にあげるという選択肢もない。

 考えた末、ソラは腹をくくってゼリーのフタを開けた。

 清涼感のある甘い香り。それだけで気分が悪くなる。


 涙が出そうになるのをこらえて、レモン風味の甘いゼリーを、極力噛まないようにして飲み込んだ。


「わー、ソラは好き嫌いがないんだ。かっこいいね」

「そ、そう?」


 夏美がニコニコしてそんなことを言うものだから、ソラは「苦手だけど我慢して食べた」なんて言いづらくなった。

 好きな子にかっこいいと言われて悪い気はしない。

 夏美の横では、ソラが甘い物苦手という事実を知っているリクが何か言いたげにニヤニヤしている。


「なに、リク。変な顔して」

「いや。べっつにー? 兄貴こそ家にいるときと違うじゃん。どうしたんだよ」

「う、うるさいな。僕はいつもどおりだよ」


 あえて「なんで嫌いなゼリー食べてんの?」と聞いてこないのがイヤミったらしい。

 家に帰ったらリクを叩こうとこっそり決意する。


「ソラとリクはなんでケンカしてるの?」


 事情を知らない夏美が心配して聞いてくる。


「なんでもない。ケンカじゃないよ」

「そっか」



 ちっぽけなプライドで甘い物を食べるようにした結果、夏美からは甘い物も好きなのだと認識されることになった。



 好きな子からの賛辞や贈り物は嬉しい。

 しかし、甘党な夏美が分けてくれるのはだいたい甘味なのである。


 恥ずかしいのと、甘い物を食べたくない気持ちと、他の男にこのポジションを取られたくない気持ちと、毎回葛藤することになる。



小さなプライド END

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