第6話 歪な心。
ループ七回目の朝がきた。
「よっしゃあー! また俺が一位ーー!! 夏美は最下位だから罰ゲームな」
リクの元気な声が、星野家のリビングに響く。
「またリクの勝ちー!? ちょっと強すぎない?」
夏美は手に持っていたコントローラーをテーブルの上に置いて突っ伏した。
「ハッハッハ! 俺の実力ってやつだな! 夏美も兄貴も手加減された上で勝っても面白くないだろ」
「実力って言わないよ。最強カスタムした車体に、デフォルト車が勝てるわけないじゃないか。リクもデータ使わずにやらないと。むしろ出走前から勝ちが確定した状態で勝負して楽しいの?」
「そうだそうだー! ソラの言うとおりだよ! リクも初期設定でやりなよ!」
「なんだよ。二人も車体カスタムすればいいだろ。何回か走ってレースのポイント溜まってんだから」
夏美とソラの二人からのブーイングを受けても、リクは胸を張る。
ソラがリクの頭を軽く小突く。夏美もソラに加勢する。
今日は午前中から三人で集まって、テレビゲームでゴーカートバトルをしていた。
プレイヤーとNPC合わせて八人でコースを走り順位を競うシンプルなルールのゲームだ。
アカウントがあれば、ゲーム内コインで自分の車体を改造できる。重量アップ、スピードアップ耐久性アップ、どのキャラを操縦席に座らせるかでもかなり操作性が変わる。
普段からこのゲームをやりこんでいるリクが圧倒的に強いのは当然だった。
いつも通りの、賑やかで楽しい時間。
──けれど、これが七回目の八月八日だと知っているのは、夏美とリクだけだった。
ソラはループのことを何も覚えていない。
今朝早くにリクが青井家にきて、「昨日も八月八日だったよな?」と言い出した。
ソラが忘れてしまったかわりに、今回はリクにループの記憶がある。
リクは起きてすぐソラにも聞いてみたけれど、「昨日は八月七日でしょう?」と不思議そうにされたと言う。
六回目の記憶を維持したリクは、昨夜祭で夏美に振られたことも覚えている。
そのうえで、リクは「俺が身を引いたんだから、夏美はちゃんと兄貴と話し合えよな」と笑い、幼なじみとしていつも通り接してくれている。
その強さと優しさに、心から感謝した。
「夏美、大丈夫?」
「えっ?」
不意にソラに名前を呼ばれ、夏美はハッとする。
「ぼーっとしてるけど。まだ眠い?」
「ううん。大丈夫」
ループを覚えていないソラにどう説明すればいいのかわからず、夏美は笑ってごまかした。
ここにいるのは確かにソラなのに、ループの記憶が欠けただけでまったく別の人のよう。
リクはゲームを終了させて手を叩く。
「なあ、二人とも。昼飯食ったら夜の予定決めようぜ」
「……昨日までは、午前は学校を見に行って、夜は祭に行くって言っていたよね。なんだか今の時点でだいぶ予定とずれているけれど」
ソラはコントローラーを片手にツッコミをいれる。
ループが始まる前……八月七日のリクは、「祭だ祭だ!」とはしゃいでいたから、ソラに怪しまれるのも仕方ない。
「きっ、昨日の俺と今日の俺は違うぜ! 今日の気分は天体観測だ! 兄貴が天文部に入ったばっかの頃はよくやってたろ? 兄貴の天体望遠鏡持ってさ、星を見に行こうぜ。今日の夜は晴天って天気予報でも言ってたしさ、今年は星まつりに行けないだろ? だから、最後に夏美にここの星空見せてやろうぜ」
夏美たちは小学生の頃から毎年、胎内市の『星まつり』に参加していた。
『星まつり』というのは胎内市の山間部にあるホテルが会場になっていて、多くの望遠鏡メーカーが集まる。夜になれば天体観測会と天文教室が開かれて、各地から参加した子どもたちが星空に想いを馳せるのだ。
夏美は明日引っ越してしまうから、もうこの三人で星まつりに行くことはできない。
だからリクは今夜、このあたりで天体観測をしようと提案しているのだ。
「うん、行きたい。ソラ、今の時期見える星のこと教えてよ」
「…………夏美がそう言うなら、わかった」
「よし、決まり! 夜になったら丘に行こうぜ。今のうちに物置からビニールシート出してくるか。あと飲み物と食いもん持って……」
リクが勢いよく立ち上がり、ソラは小さく笑う。
「三人で星を見るなんて、懐かしいな」
「たまにはこういうのもいいだろ?」
ソラは「確かにね」と言いながら、遠くを見るような目をした。
「兄貴。夏美と二人で天体観測用の飲み物と食うもん買ってきてくれよ」
「いいけど……、リクのほうがこういう買い物に行くの好きじゃない?」
「俺はついでに物置の整理するから、頼んだぞ」
「……わかった」
ソラはバッグを取りに自分の部屋に戻る。
「夏美。ちゃんと兄貴と話せよ。俺がいたら話しにくいだろ」
「ありがとう」
リクは夏美にこそっと耳打ちして、物置の鍵を片手に玄関を出ていった。
夏美はソラと二人でコンビニに向かった。
何回ループしても日差しは強いしアスファルトは焼け付く熱気を放っている。
屋外とコンビニ店内との光量の差で目がチカチカした。
夏美はかごを持ちながら、ソラの顔を覗き込む。
「ねえソラ、何買おうか? 飲み物は小さいのより大きめのボトル買ったほうがいいかな」
「えっ? あ、ごめん。なに? 聞いてなかった」
ソラがぼんやりしているのは珍しい。ループ前のソラでも、こんなことはなかった。
「ソラ、疲れてる? 天体観測行くの、嫌だった?」
「そんなこと、ないよ。ただ、僕を誘う必要あったかなって」
「ソラがいないと意味ないじゃない。天体観測好きでしょ?」
店内を歩きながら、夏美はてきとうに飲み物とお菓子を選んでいく。
リクが好むスティックポテト、ソラの好きな紅茶。
夏美はレモンアイスを見つけて、ソラに見せる。
「ソラ、見て。夏季限定レモン味だって」
ソラの反応は薄い。いつもなら、「夏美はレモン味好きだよね」なんて言ってくれるところだ。
「……ねえ、夏美。夏美は今日、リクと二人だけでよく話してるよね。今朝早くにリクが夏美のところに行ったみたいだし、さっきもリクの様子が変だったし。夏美に何かコソコソ言っていたよね」
夏美は、何気なく言われたその言葉に、一瞬だけ考え込む。
朝はループの話をしに来ただけで、その後もループのことを相談していただけ。
「私とリクが話すのって、いつものことだよね。子どもの頃からずっと毎日、なにかしら話ししてるじゃん」
「……それは、そうなんだけど。そうじゃなくて」
ソラは、それ以上言わなかった。
けれどその微妙な間に、夏美は何か引っかかるものを感じる。
「ソラ?」
「……いや、なんでもないよ」
ソラは曖昧に笑って、棚から適当なお茶を手に取った。
(なんか……具合が悪いんじゃなくて、機嫌悪い?)
会計を終えて、店の前でアイスのフタを開ける。
今回は星ポポロは入っていなかった。
夏美は一つをピックで刺してソラに差し出す。
「ソラも食べてみない? おいしいよ」
「……お腹空いてないから」
ソラはどこか寂しそうに言う。雰囲気がいつもと違うのは分かった。
何かを我慢しているようにも見える。
笑顔は無理やり作ったような感じで、心から笑っていない。
昔から、ソラは誰かの相談を聞く側であって自分の悩みは誰にも相談しない。自己完結してしまう。
ソラには、心からの笑顔でいてほしい。
「……ソラ。何か悩んでる? 私にできることがあるなら、何でも聞くよ」
勇気を出して、そっと聞いてみる。
もしかしたらループのこと、今日が何回目かの八月八日であることを思い出したのかもしれない。
前のように自分だけが記憶を保持していると考えているのか、それとも別の悩みがあるのか。
ソラは素直に教えてはくれなかった。
「な、何もないよ。夏美こそ、無理しなくていいんだよ。本当は、リクと来たかったんじゃ……」
「なんでリクの名前が出るの?」
「ごめん。なんでもない。これは、僕の問題だから。だから……ごめん。普段通りにできなくて。うまく、整理できないだけだよ」
いつもなら夏美の目を真っ直ぐに見て受け答えするのに、今日のソラはぎこちなくて、話をしようとしても目を泳がせる。
曖昧な答えしか返さない。
ソラとの間に、見えない距離が生まれているような気がしてならなかった。
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