短編台本集

石魚

『シ体』






駅前の大衆居酒屋にて

テーブルに数品、空いた皿が数枚廊下側にある。

窓の外には人の往来が見える。





A 死体が歩いてる



B は?


A あれあれ


B …ただの酔っ払いだろ(ビールをあおる)。失礼か。


A いや、酔い方がすごいのよあのおっさん。ほら、足、めちゃくちゃふらついてるでしょ。


B んー?おーすごいな。ふらっふらじゃん。人当たっちゃってるし。


A 綺麗な千鳥足だ。芸術点高いな、7点。


B 何点満点。


A 6


B キリ悪いな。


A そこ?


B 突っ込まねえよめんどくさい。


A 君さぁ、社会人になって連れなくなったねぇ。大学時代はもっと仲良しだったじゃん。


B 変わらんだろ別に。大学んときだってこんなもんだったわ。


A 違いますー!高校はお前もっとノリ良かったですー!


B (無視して)お、おっさん倒れた。

 

A そういうとこだよ君ねぇ。


B あれ、大丈夫か?


A えー?まあ大丈夫でしょ。酔ってるだけ酔ってるだけ。あ、吐いた。


B うわ、汚え……道の真ん中で吐くなよ……


A うーん、減点だね、ありゃ。はぁ、これが東京か……


B ギリ神奈川だよ、川崎だし。あとお前東京何年目だよ。


A 卒業してすぐだからもうすぐ3年。


B だよな。同時に卒業して同時にこっち来てんだから。慣れたろもう。


A それ、おっさんのゲロに慣れる町に住んでるみたいでやだね~。


B うるせえよ。(焼き鳥とサラダが来る)あ、ありがとうございます。


A ありがとうございますー。焼き鳥~


B おいそれ俺のだろ。


A いいじゃん別に。半分半分(半分外す)。ほい。


B (溜息)お前トマト食えたっけ。


A 食えない。あげる。


B 偏食が。栄養取れてんのか。ほらよ。


A 男2人でも取り分けてくれるところ、好きだよ。


B そりゃありがとよ。


A サンキュー。ん、うめぇ。390円の味がする。


B ほんとにうまいと思ってんのかお前は。


A 思ってるよ。生野菜なんて贅沢品なんだぞ俺にとっちゃ。


B お前、まだもやしとうどん食って生活してんのか?


A そりゃあったりまえよぉ。だって金ねえんだもん。


B バイトは?


A してるよ~。週5だぞ、週5。


B 勤務時間は。


A 8時間。もちろん昼休憩、交通費付き。


B 社員じゃん。


A 社員じゃねぇよ。


B なんでそこまで働いてんのに社員じゃないんだよ。


A あのなぁ、俺、記者だから。バイトは所詮バイトなんだよ。


B いや知ってるけど。その所詮のバイトのシフトが多すぎるんだよ。


A そりゃ、生きてかなきゃいけないから。


B 家どこだっけ


A 高田馬場


B 家賃は


A 6万


B 安いな。…いや高いか?


A 安いよ。駅徒歩五分だし、新宿徒歩圏内だぞ?


B ……まあ、安いか。しかしお前いいとこ住んでんな。


A 素早い移動が大事だからなぁ、フリーの記者ってのは。事件だのスキャンダルだのは待ってくれねぇのよ。


B おーいい意識じゃん。


A あったりまえだろ。いい記事はいい意識からだからよ。こういう所はケチらないでやんないとな?。


B それで金貰ってんだもんな。いやすごいよ、自分の力で金稼ぐって。


A ちゃんとやってますから。いろいろ大変なんだぞぉ?事件なんていつ起こるかわかんないんだから、休日でもアンテナビンビンにしとかなきゃいけないわけよ。


B へ~大変だな。


A ま、それでも全然仕事はいんねえんだけどな~……いろんなとこに記事送ったり企画送ったりはしてんだけどなぁ……


B プロの世界だもんな


A こう、伝えてえってことはすげえあんだけどさ、それを金にするってやっぱ難しいんだな~って、最近めっちゃ思うんだよなぁ。


B でも、やるんだろ?


A やるね。そういう人だから、俺は。


B そうか。ま、応援してるよ。


A 雑誌、買ってくれたもんな~?


B あ?そりゃ買うだろ。友達が書いてんだから。


A いい奴だねぇ君は……


B 実際友達抜きにしても面白いと思うしな。情報まとまってて読みやすいし、内容も仕事の参考になるし。


A デベロッパーの?俺が書いてんの事件とかスキャンダルだぞ?


B なるよ。お前、事件だけじゃなくて、土地柄とか要因とかしっかり取材して書くじゃん。俺らはそういう情報の取り方あんましないからさ。


A 大企業だもんなぁ。統計とか、数字ばっかみてんだろお前ら。


B うーん、まあ実際そうなんだよな。任された土地とかは実地も行くけど、正直現場の人たちが何やってるか全然わかんないわ笑


A あれ、3年目ってもう土地任されるんだ。


B 任されるよそりゃあ。何なら1年目から任されてるわ。


A マジ??? 1年目とかなんもわかんないでしょ。


B 全然前にお前に言ったけどな。デベロッパーとして会社に入ったから、最初っからデベロッパーとして働かされるんだよ。ま、新人だから大した土地は任されないんだけど。


A でも、東京の土地だろ?お高いんじゃないのぉ?


B いや、精々1000万くらいだよ。


A 1000万マジ???1年目で?


B 1年目なんてそんなもんだよ。先輩とか億の土地扱ってんだから。


A は~デベロッパー、やべえな。金銭感覚狂いそう……


B ぶっちゃけ狂うよ。100万とか全然紙束に見える。


A こっわ。その紙束俺に少し分けてよ。


B いや俺の紙束じゃねえから。会社のだから。


A 給料は?上がった?


B ちょっとな。いうほど貰ってねえよ。


A でもお前めっちゃ働いてんじゃん。今日だって残業してから来たし。あーあー、お前が来るまで一人で寂しかったなぁ~。


B うるせえな悪かったよ。別に寂しくもないだろ。


A いんや、寂しすぎて別の店で隣のおっさんと飲んでた。


B ……お前相変わらずコミュ力高いよな。


A 記者なので


B ……そうかい


A で、結局仕事はちゃんと終わったの?


B 一応な。早めに切り上げたけど。


A 1時間残業で早めって、怖ぇよ社会人…社会キビシー…


B 正直大変ではあるなぁ……その分やりがいはあるんだけどさ。みんな「激務でも給料貰ってんだからいいよな」とか言うけどさ、それはそれとして毎日激務ってのはしんどいのよ、身体的にも精神的にも。


A 社会人も大変だねぇ


B 最近はもうボロボロよ。仕事終わるの11時とかだし、そっから帰ってシャワーだのなんだのしてたら1時だろ?そっから寝て、そんで次の日朝8時出社よ。寝て、起きて、仕事して、寝てって感じだから、もう歩く死体みたいなもんよ。


A (笑)あのおっさんより死体か。


B 全然死体だな。死体が仕事して死体が金貰ってる。


A 大変だねぇ。彼女は文句言わねえの?同棲してんでしょ?


B まあ、彼女の方も忙しいからな。土日で休日は合うし、お互い理解してるからその辺は大丈夫だと思う。


A 結婚は。


B ……来年とかかな。


A おー!結婚ちゃんと考えてんじゃん!


B いやそりゃもう長いこと一緒にいるし。大学2年から5年付き合ってるからな。俺も向こうも仕事慣れてきたし、まあ、そろそろかなって。


A か~幸せ者だねぇ。結婚式、ちゃんと呼べよ。


B 呼ぶけど、お前ご祝儀用意できるのか?


A できるかじゃない、するんだ。


B (笑)かっこいいじゃん。


A 友達だしな。そういうところはちゃんと出すって決めてんだ。それはそれとしてここは奢って欲しい。


B ダサいな。かっこよく締めろよ。


A だって金ねえんだもん~~~~~


B ほんとに週5でバイトしてんのかよ…


A バイトじゃ限界あんだよぉ…


B ま、いいけどな。出世払いな?


A 任せろ。こんな大衆居酒屋じゃなくて寿司奢ってやるよ寿司。


B おー楽しみにしてるわ。回らない方な。


A ったりまえよ(ビール飲み干す)。


B なんか飲む?


A あーじゃあビール。お前は?


B んー、俺はお茶にしとくわ。


A なんだよ、お前ももうちょっと飲めよぉ。


B 明日朝早いんだよ。二日酔いになるとまずい。


A そんなのウコンのんどきゃいいだろウコン。


B ウコンねぇ…んーいや、やめとくわ。あ、すみませーん。ウーロン茶とビールください。


A つれないんだからもう。


B お前だって今事件起きたらどうするんだよ。


A んんんん。今日はね、事件は起きない。と、俺の勘が言ってるね!


B そうかい笑。ま、奢ってやるから好きに飲めよ。


A あざーす。じゃあポテサラと刺身もたのんじゃお。


B はいはいどうぞ。そういえばさ、三上のこと覚えてる?


A 三上?高校?


B 高校。俺らと同じクラスで映研だった。


A はいはい三上ね!あの~府立大いった三上でしょ!うっわ懐かし。


B そうその三上、実は最近飲んだんだよね東京で。


A マジ?え、三上今東京いんの?


B いや、住んでるのは大阪なんだけど、取材の関係で東京に来てたらしい。


A 取材?アイツ今何してんの?


B 映画雑誌のライターだってさ。ほら、アイツ映画好きじゃん。


A それは覚えてるけどさ、何、今あいつ雑誌書いてんのか。


B らしいぞ。しかも結構大手。


A は~ちゃんとしてんなぁ。


B まだ書かせてもらい始めたばっからしいから記事も小さいけど、って言ってたけどな。


A そりゃ、最初はそんなもんだろ。書けてるってのがすげえよ。


B あいつ、授業中もこっそり映画雑誌呼んでたからな。この、記事の感覚とかがわかるんじゃないか?


A ふ~ん。やっぱそういう好きなものに対しての情熱って強いよなぁ。


B な。趣味超えて仕事できるってかっこいいよ、あいつ。しんどいこともあるらしいけどな。給料も低いらしいし。


A なんだそれ。クソ詰まんない映画のレビューとかさせられんの?


B みたいな。俺はよくわかんないけど、だるい仕事の方が多いらしい。


A ま仕事だもんな。それでもちゃんと仕事やってんだから偉ぇなぁ。


B ほんと、なんか俺あいつのこと尊敬したわ。


A お前もちゃんと仕事してるじゃん。


B してるけどさ。別に、デベロッパーが好きでやってるわけじゃないからな。アイツみたいに好きなことやって、そうやって生きてるやつ見ると、ほんとすげえなって思うんだよ。


A まあ、そうなぁ


B だからお前もそうだよ。やりたいことやって、金貰って生きてんだから。すげえよ。


A なんだよ急に。気持ち悪。


B 俺にはそういう生き方できなかったからさ。何となくちゃんと生きなきゃって思って、いい企業は頑張って入れたけどどうにも自由な感じがしないっていうか。大学の時より金もあるし、休日は遊んでるけど、どうにも生きてるって思えなくてさ。ただ歩いてるだけっていうかよ。だから、三上とか、お前と見てると、生きてるなぁって感じるんだよ。羨ましいっていうか、もうそれも超えて、なんかすげえな、って。


A 俺、まだ大して稼げてねえよ


B バカ、今からだろうが。5年後にはがっぽがっぽよ。


A う~ん……まあ、そうだな?


B そうだよ。俺お前の記事読みながら寿司食うって決めてんだから。


A その寿司、俺のおごりか。


B 当然だろ。言質は取ってあるからな。


A 仕方ねえなぁ~


B ま、だから頑張れよ。今wetubeとか流行ってるし、もし撮影とかあったら全然手伝うからよ。


A wetubeね……ま、やるときは呼ぶわ。


B おう。カメラマンは任せろ。


A ありがとよ笑――ってか、ポテサラ来なくね?


B ビールも来ないな。聞くか。すみませーん。








ーーーーー時間経過ーーーーー








店外




A ふぅ、食った食った。ごちそうさまでした。


B おう、よく食ったなてめえ。


A マジ美味かった、ありがとう。


B いいよ。楽しかったしな。


A またどっかで飲もうぜ。あ、安いとこな。


B ちゃんと金出す気じゃん。偉。


A 奢られるために遊んでるわけじゃないからな。そこんとこよろしく。


B (笑い)かっこいいじゃん。じゃあ、またどっかで飲もうぜ。


A おう、暇なとき連絡くれや。


B 土日はたぶん彼女といるし、平日で、定時の日だな。


A じゃ、定時で上がれたら教えて。多分空いてるからよ。


B おっけい。ほんじゃ、俺こっちだから。


A 徒歩で帰れんの羨ましすぎるわぁ


B いいだろ笑。それじゃ、来てくれてありがとな。また!


A おう、またな~。




A 駅とは反対方向に消えていく友人の背中を、その場に立ち尽くしたままぼうっと見ていた。酒に酔って揺れる視界の中で、ギラギラ光る居酒屋の看板だの電灯だのが嫌に眩しくて鬱陶しかった。店の中から見た死体のおっさんは当然すでにどこかへと消えていて、おっさんの吐き残したゲロだけが人ごみのなかにポツンと残されていた。




A 駅に向かって歩く。酔っているせいか、足がもたつく。どうにか意志を強く持って足を前に進める。家に帰るには駅に行かなければいけない。歩かなければいけない。




A 徐々に歩くのが速くなる。平坦な道の上で、緩やかな坂を転がるように。ただ歩くだけの速度から、徐々に体は前に倒れ、速く。速く、速く。




A 気づけば走っていた。人ごみなど意にも介さず、道行く人に肩をぶつけながら駅前の繁華街を走る。止まることを忘れてただどこかへと進んでいた。周りも、目的ももはや見えていないようだった。ただ何かこころの中にある衝動が燃焼するエネルギーだけがこの体をがむしゃらに動かしていた。そうしてそのまま、街の中へ消えていった。










A 死体は今、走っている。




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