第13話 どうしてそんな話をする?
孫賀が使者に跪いて礼をしている。ちなみに使者からも皇帝からの下賜品として桃饅頭をもらっている。
一応身分としては下女である静蓮は平伏していたが、澄瑜を壁に追いやって問い詰める妄想で頭を一杯にしていた。
──澄瑜殿、あなたって魔性の男なのですか!?
しばらく悶々としていると、衣擦れの音がした。皇帝がやってきたらしい。
孫賀が静かに問うた。
「主上、おひさしゅうございます。何の御用でございましょう」
澄瑜の低く艷やかな声が響く。
「史書を読みたい。柏書の巻十二から」
おや、と静蓮は思った。柏とは熔の前にあった王朝で、かなり長くつづいた。静蓮も読んだことがあるが、巻十二といえば名君で知られた賢宗の伝記があったはず。
真面目に先達から学ぼうとしているらしい。
元婚約者を少し見直す。……静蓮の父のことは悪く書いたが。
「それから、演義ものと、恋愛もの」
「恋愛もの!? 主上が!? お読みになる?!」
思わず静蓮は平伏するのを忘れて顔を上げてしまった。
直後、澄瑜のまわりにいる武装した宦官がいきりたつ。それを、袖をひるがえして腕で軽く静止し、澄瑜は微笑する。
「ああ。読んではいけないか?」
なぜだか静蓮は羞恥でいたたまれなくなり、身体中を真っ赤にした。
そんな静蓮と澄瑜の様子を見て、孫賀が小さく吹き出した。
「我が下女の無礼をお許しください、主上。恋愛ものを貸しすぎて疲れてしまっているようです。いつものですね」
「そう。いつもの」
孫賀に言われて静蓮は恋愛小説の棚に赴き、言われた本を探し出す。
──たしかこれ、詩のうまい天女と結婚して幸せになる話だったような……。羽衣を返すか返さないかっていう天界と男との駆け引きが面白かった話よね。
孫賀に渡そうとすると、何故か彼女は静蓮を澄瑜の前に押しやった。
顔を朱に染め上げながら尋ねる。
「天女ものが……お好きなのでしょうか」
澄瑜はその言葉にしばらく考え込んでいた。だが、冗談を言うときの顔をして大声で言った。
「亡き婚約者が天女のような女だったゆえ」
それを聞いて、宦官たちはくすくすと笑った。
澄瑜は冗談を好む。からかわれた静蓮だけがさらに真っ赤になり、視界がぐるぐるとしてきた。足元がフラフラする。
「そ、それはさぞ素敵なお姫さまだったのでしょうね。でも──」
「でも?」
ふざけたように笑っていた澄瑜が静蓮を真剣に見た。
「お姫さまはおっしゃると思います、私を天女にしないで、って。恥ずかしいから」
「……」
「それから、死んでいる私より、生きて今そばにいる女性たちを大切にしたら、って」
羞恥で声が震えてしまった。
だが、澄瑜は一歩静蓮のほうへ近づいてきた。すがるように。恐ろしいほど真摯な声が響く。
「それは無理だ」
「……どうして?」
「どうしてそんな話をする?」
「……」
静蓮はうつむいた。何が無理なのだろう。
静蓮の父が疎ましかったのだろう。何故静蓮を気にかけるのか。
すると澄瑜が囁いてくる。
「あなたも本がお好きだったでしょう? 今は読まれないのですか?」
首を横に振る。華紹のところでは読ませてもらえなかった。蔵書閣では少し読むけれど、前ほどというわけにはいかない。
「そうだ」と澄瑜は何か思いついたように華麗に言う。
「この女め、余が恋愛小説を読むことを馬鹿にしてきた。しかし興が乗ってきたぞ。お互い読んだものを記録につけて見せ合おうではないか。そなたが読んだものも笑ってやる」
「……は、はい!?」
静蓮は一歩後ろにのけぞった。
「それはいい。そうしなさい、静々。おまえ、本を読むのが好きだろう。記録をつけるのはよいことだと思う」
孫賀が静蓮の肩にぽんと手をかけた。
「ええ!? はい!? えええええ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます