第10話 憎悪の理由
※
「うーん! 疲っかれたー!」
ポスン、と誠はその場にしゃがみ込んで伸びをした。傍には、焱獄鳥が倒れている。
「よく、妖魔の隣でそこまでリラックスできますね……」
今にも寝っ転がりそうな誠に、ドン引きした綾音が警戒しながら近づいてくる。
というのも、
「それ、まだ死んでないですよね」
「はい!」
だった。
焱獄鳥の胸は僅かに上下していた。というか、妖魔は死ぬと塵になるはずなので、なってない以上生きているのである。
「いや〜、やっぱり俺のは所詮見よう見まねっていうか、発動は見てませんでしたから、憶測混じりだったんで、完全にはやり切れなかったですね」
「はあ……、だから言ったんです。貴方のは作戦じゃなくて博打だって」
たはは、と頭を掻いて笑う誠に、綾音は顔を押さえて大きなため息を一つ溢した。
結局のところ、誠の作戦とは、『綾音が隙を作って、誠が隠し持った双剣を使って、ちょっと見ただけの竪山の技で斃そう』だった。
あの場で、瞬時に精緻な作戦など組めないとはいえ、いくらなんでも不確定要素が多すぎた。どこか一つでもピースが狂っていたら、地に伏していたのは二人だっただろう。
「まぁいいじゃないですか。終わりよければってやつですよ」
「……そうですね。勝ったことは事実ですから、これ以上文句は言いません。――それより」
ギロリ、と綾音の鋭い視線が隣に飛ぶ。
そこには、いつの間に目を覚ましたのか、ほふく前進の形でバレないように二人から遠ざかろうとしている焱獄鳥の姿があった。
「逃すと思いますか?」
「ヒッ」
絶対零度の声と共に、ニ閃の斬撃が放たれる。斬撃は金色の軌跡を描いて、焱獄鳥の両肩を切断した。
「ギヤァァァアアアアアアアアア!!」
両肩から血が吹き出し、怪鳥は絶叫しながらのたうち回る。
「黙りなさい。貴様には悲鳴を上げる権利すらない」
綾音はどこまでも冷淡に言い切って、今度は首を刎ねようと刀を振りかぶる。
「お、お待ちなさい! 私は『百鬼連盟』の一員です!! 私を殺せば『百鬼連盟』が黙っていませんよ!」
両腕がない状態で、腹筋だけを使って身体を僅かに起こしながら必死に命乞いをする焱獄鳥。そこに、最初にあった優雅さは欠片もなかった。
「知ったことではありません。……第一、
「うっ」
図星だったのか、焱獄鳥は分かりやすくたじろいだ。
「で、であれば、『百鬼連盟』の情報を差し上げましょう!」
命乞いがダメなら交渉。中々の生きしぶとさだが、綾音には通じないだろうな、と誠は思ったが、
「……いいでしょう」
予想に反して、綾音の手が止まった。
「あれ、いいんですか?」
思わず、誠が割って入る。
「あと、ずっと聞き流してましたけど、『百鬼連盟』ってなんですか?」
ついでに気になっていたことをここぞとばかりに尋ねる。
「『百鬼連盟』とは、妖魔によって構成された組織です。その名は江戸時代には轟いており、結成自体はさらに昔だとも言われています。人間を殺すことそのものを娯楽とし、嬉々として騒ぎを起こす危険な集団です。……重大な妖魔事件の殆どが、彼らの仕業とも言われています。前にやり合った鎌鼬も恐らくその一員です」
つまり、妖魔の反社組織ってところだろう。人間の反社でも厄介(誠は一人で叩き潰したが)なのに、それが妖魔ともなるとことさら危険だろう。
「ふーん、妖魔も徒党を組むんですね。人間みたいに」
誠が率直な感想を漏らすと、
「舐めないで頂きたい……! 貴方たち人間のように弱いから群れるのではない。我々は強い上で、唯一人間に負けている数に押されないように仲間を募ったのです」
プライドに触ったのか、瀕死の状態にも関わらず、焱獄鳥は喰ってかかってきた。
「え? でも、アナタがこんな状態になっても誰も助けに来てくれてないし、なんなら今その情報を売ろうとしてますよね? 組織とは一体……」
「なっ、なっ」
青年の容赦のないツッコミに、鳥の妖魔は言葉を失った。
「どうでもいいです! そんなくだらない話より、私の質問に答えて下さい。もし、満足のいく答えなら命だけは見逃してあげます」
もちろん拘束はしますが、とあくまで見逃すのは命だけであることを綾音は付け加える。
それでも、このままでは死の一択しかない焱獄鳥にとっては希望の光以外の何物でもなかったのだろう。
「ええ、ええ! 話しますとも! 私の知ってることならなんでも!!」
女神を見るような眼で綾音を見て、仲間の情報を売りにかかる。
「構成魔数ですか? 他の幹部の能力ですか? はたまた――」
「貴方たちのボスはどこにいますか?」
「――」
生き残る希望を見つけてハイテンションだった焱獄鳥が固まる。
「どうしました? 答えられませんか?」
「そ、それは……」
カチカチと焱獄鳥のクチバシが震え始めた。
(これは俺でも分かるな)
この妖魔は恐れている。綾音を? 違う、恐らくもっと別の何かだ。
「答えませんか……。であれば、生かしておく意味はありませんね」
綾音が一度は止めた刀を再始動させる。
「ま、待て! 知らないんだ! 本当だ! あの方はとても用心深く、誰も居処を知らないんだ!」
冷や汗を全身からダラダラ流しながら、焱獄鳥は弁明する。
「どうやら、嘘はついていないみたいですね……」
「ああ、勿論だとも! さぁ、正直に答えたんだ! 約束通り見逃してくれるよな!!」
「……そうですね」
と言って、綾音は上段に構えていた刀を下ろすと、――そのまま焱獄鳥の首を両断した。
「――へ?」
あまりに一瞬の出来事に、何が起きたのか分からなかったのか、頭部だけとなった焱獄鳥の口から間抜けた声が漏れた。
しかし、それは言わば死にかけの蝉の最後の足掻きと同じで、怪鳥はそれ以上言葉を紡ぐことはできず、身体は塵となって消えていく。
そんな死体に、黒髪の女剣士は吐き捨てた。
「見逃すわけないでしょ。このクソ妖魔が」
今にも唾をかけそうな勢いであったが、流石にそこまではせず、綾音は刀身を消した。
「いやー、悪役みたいなことしますねー」
始終を傍観していた誠が素直な感想を言う。後輩に、綾音は眉をひそめる。
「私は『満足のいく』答えだったら、と言ったんです。あの妖魔の答えは、私の求める水準に達していませんでした。だから斬っても約束を破ったことになりません」
不機嫌を隠さずに綾音は告げる。詭弁のような気もしなくはないが、誠にしても焱獄鳥を見逃すつもりはなかったので、あえてこれ以上は何も言わなかった。
「もう少しすれば消防隊も到着するはずです。さっさと後処理して帰りますよ」
「了解です!」
後処理というと、先に倒れた新宿署の面々の死体及び非常階段のところで気絶している竪山の回収だ。特に竪山は明らかに打撲痕があるので、何があったか問われた時大変ややこしい。
(ん〜、にしても)
キビキビと処理を進める綾音の背中を観察しながら誠は静かに思う。
(綾音さんって妖魔のこと嫌いっていうか、憎んでるよなー)
さっきの焱獄鳥とのやり取りには少なからず悪意があった。同僚がやられているのだから、負の感情を抱くのは当然なのだろうが、誠には他にも要因がある気がしてならなかった。
「綾音さんって、昔妖魔絡みで何かあったんですか?」
なので、単刀直入に本人に訊いてみた。こういう時、嫌われる恐怖がない誠の性質は大変便利だ。
「……下らないこと言ってないで手を動かしなさい」
分かりきっていた話だが、綾音は答えず、逆に注意受けてしまった。
しょうがないので作業を続けていると、
「妖魔は全て私の敵です」
ポツリとそんな声が聞こえてきた。
誠はどういう意味なのか尋ねたが、これ以降彼女が口を開くことはなく、結局その真意は分からずじまいであった。
※
その答えは、後日思わぬ形で知ることとなった。
「あの子はね、妖魔に家族を殺されているんだ」
盾のメンテナンスに行った際に、綾音と付き合いが長そうなアキラに何気なく訊いてみたところ、彼女は呆気なく教えてくれた。
「水蓮寺家は対魔の家系にしては珍しく、家族仲が良くてね。……特に綾音は姉のことが大好きだった」
「お姉さんですか……」
「ああ、名前は
その楓という人物との思い出を大切にしているのだろう。口では文句を言っているが、声はどこまでも穏やかで、口元は緩んでいた。
「綾音はいつも楓にベッタリでね。仲良し姉妹で有名だったよ」
「へぇー、なんか意外ですね」
綾音が誰かに引っ付いているイメージが湧かず、誠はそんな感想を漏らす。
「フフ、だろう。逆に言えば、それだけ姉の死は彼女にとっては重く、人格形成すら変えてしまったんだ。……いや、あの子だけじゃないか。楓の死は、彼女に関わっていた多くの人生を変えた」
アキラが遠い目をしながら言う。きっと、この女性もまたその一人なのだろう。
「少し話が逸れてしまったね。まぁ、今のがあの子が妖魔を怨む理由だよ。特に、家族を奪った妖魔だけは自分の手で殺すと息巻いていてね。マイナス課に来たのも、警察ならその妖魔の情報が集めやすいと踏んだからだ」
つまりは復讐。おおよそ警察を志す理由としてはあり得てはいけないものだが、そもそもマイナス課が普通ではないのだから、言うだけ野暮だろう。
「成程。そういう事情だったんですね。ありがとうございます! スッキリしました。――あ、でもこれって俺に教えて良かったんですか?」
「ハハハ、ダメに決まってるだろう。綾音にバレたら斬られてしまう」
「え? じゃあ、なんで話したんですか?」
うっかり口を滑らせた感じでもなかった。必ず意図がある。
「……君は少しだけ楓に似ている――と言ったら、綾音に怒られてしまうな。実際、見た目も中身も君は大きく違う。でも、どこか近しいものを感じてね」
「だから話したと?」
「ああ。……今のあの子は危うい。家族の死を風化させないように、隙を見せず心を閉ざし、自分で自分を追い込んでいる節がある。――どうか、支えてあげて欲しいんだ」
頼むよ、と穏やかな口調でアキラは念押ししてきた。
いつもの誠なら、筋さえ通ってさえいれば、例え死んでくれというお願いでも二つ返事で引き受けるのだが、今回に限っては何やら逡巡していた。
「何か……、気がかりでもあるのかい?」
「いや、別にそういう訳じゃないんですけど……、自分が誰かを支えるってイメージが湧かなくて、ちょっと困ってます」
昔から誠はその性質上、学校とかではいつも孤立していたし、母方の祖母以外の家族や親族からも除け者扱いをされていたので、基本的にいつも一人だった。そんな自分がどうしたら綾音を支えられるか悩んでいたのだ。
「そう難しく考える必要はない。君は彼女の側でいつも通り居てくれれば充分だ」
「あ、そうなんですね! じゃあ、できそうです! 頑張ります!」
言われた通り、本当に難しく考えずに誠は引き受ける。
「これは、色々と前途多難そうだな」
呆れたようにアキラがそう呟いた。
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