第24話 愛の告白は夕焼けとともに
「もちろん、疲れたらすぐに言ってね」
2人は河川敷まで歩いた。一歩進むごとに空が濃くなっていく。風が吹いて、イヤリングが揺れた。そのたびに、光がきらきらと跳ねていた。
河川敷にはあまり人がいなかったので、2人は近くの芝生に腰を下ろす。
「こうして何もしないってあんまり今まで無かったですね」
確かに結城と葵がデートをするとき、結城がほぼ全てプランを立てていた。
(何もしないという行為はずっと無駄だと思ってた)
しかしその行為が今ではダイヤモンドより価値があるように結城は感じていた。
「そうだね、これからはこういう時間も取ろうか」
「なんでもいいですよ。結城さんと居られれば」
葵の言葉に結城の胸が締め付けられる。
(いつか葵さんとは別れなければいけない)
結城は葵と出会う前の自分の心を贖罪したくなる。しかしそれは叶わない。二兎追うものは一兎も得ないことは、ビジネスの基本だ。
当たり前だと思っていたことが今では結城を縛り付ける。先が見えない未来よりも先が見通せてしまう恐怖が、結城の胸を火傷のように焦がす。
「どうかしました?」
葵が心配そうにのぞき込んでくる。
「いや、少し考え事をしてただけだよ」
「また隠すじゃないですか」
葵はぷくーっとふくれる。
「じゃあ言うよ。葵さん、1年前と比べて変わったなぁと思って。もちろんいい方にね」
「そんなに変わりましたかね?」
葵には自覚が無かった。
(確かに思い返すと、笑顔が増えたかもしれない)
「結城さんのおかげですよ。結城さんが私を変えてくれたんです」
「いや、変えてもらったのは僕だよ」
結城は葵と出会う前の自分と現在の自分を比べる。その差は歴然としていた。結城の当たり前をひっくり返す力が葵にはあったことを、結城は確信している。
結城が回想を終えて葵に目を向けると、葵は何かを言おうとしていることが分かった。
「葵さん、どうかした?」
葵は立ち上がる。後ろの夕陽が葵をさらに輝かせる。勇気を言葉に乗せて、葵は口を開いた。
「あの、ゆう……耀さん! これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」
唐突な名前呼びに結城の心臓が鼓動する。夕焼けの暑さじゃない、自分の内側からこみ上げてくる熱さ。結城に矢で撃たれたような衝撃が走る。
「え、今名前で……」
「ずっとそう呼びたかったんです。でも勇気がでなくて。でも今なら、呼べる気がしたんです」
葵は顔を赤らめている、夕焼けでも分かるほど。
「ありがとう。葵」
「え」
葵は倒れそうになる。結城は慌てて葵を抱きかかえる。
「大丈夫!?」
「もう、なんでいつも私より先に行くんですか」
葵はすぐに立ち上がる。
「好きだからだよ」
夕日が沈む。空が走るように藍色に染まっていく中で、2人には暫く静寂が訪れる。
「あの、私が耀って呼べるときまでは葵さんにしてもらえませんか?」
ずるいです、と葵は言って拗ねる。
「分かった。いつか名前で呼んでくれるときを楽しみにしてるよ、葵さん」
2人はハグをした。2人を包む暗闇は、まるでこの世から切り離された秘密の世界みたいだった。葵の肩が小さく震えるのを、結城はそっと感じ取った。
今日は新月でスポットライトはない。しかし2人にとってそれが心地よかった。暫く経って、ポツポツと付いていく民家の燈は、2人を穏やかに現実へ引き戻す。
ずっとハグしていたので、葵の足元がふらつく。
「あ、すいません」
「大丈夫だよ。気を付けて」
結城は葵をそっと元に戻す。
「そろそろ冷えちゃうから戻ろうか」
葵は頷く。2人は流れる川の心地よいBGMを後にした。その帰り道、
「葵さん、靴ひもほどけてるよ」
河川敷を出て少しのところで、葵の靴ひもがほどけた。葵が直そうとすると、結城がしゃがんで直してくれた。
普段は見上げる結城の顔が、自分より下にある。葵はくすぐったいような、不思議な感覚を覚えた。
「これでよし」
結城が起き上がろうとする。葵の手は結城の髪に伸びていた。葵の指先が、そっと結城の髪に触れた。その瞬間、結城はビクリと小さく震えた。
(「お前は本当に賢いですね……全く、嫌になります」)
過去の声が、フィルムを巻き戻すみたいに結城の中に流れ込んだ。咄嗟に、結城は葵の手を払ってしまった。
「あ、ごめん!」
結城はすぐに我に返り、葵の手をぎゅっと握り直した。葵は少し驚いていたが、落ち着きを取り戻す。
「ごめんなさい、急に触っちゃったから」
「いや、そういう訳じゃないんだ。少し昔のことを思い出してね」
結城の過去、葵は今まで聞いたことが無かった。
「あの、私で良ければ聞かせてください」
「でも楽しい話じゃないし」
結城は頑なと言わないまでも拒否する。葵は結城の手を強く握って話す。
「もし良かったら、私に聞かせてください。楽しい話じゃなくても、耀さんのことなら何でも。だって彼女ですから」
まっすぐな瞳が夏祭りでの葵を連想させる。結城は少し黙った後、口を開いた。
「分かった、そこのベンチでも良いかな?」
「はい」
結城と葵は公園のベンチに腰を下ろした。風が、葉の間をかすかに通り抜ける音だけが聞こえる。結城は静かに口を開いた。
「僕は小さい頃、とても裕福な家庭に生まれた。いや、貰われたの方が正しいかな」
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