第11話 里帰りは1人で

 5月も終わり、桜の花びらも地面から無くなったころ、葵は部屋で荷物をまとめていた。久々に里帰りをすることにしたのだ。


 思えば結城と一緒に帰って以来である。前回実家に帰ってから、すでに9か月程が経過していた。しびれを切らした母親に急かされ、葵は実家に帰ることになったのだ。


 結城は仕事が忙しいため今回の帰郷には同行できなかったが、デートの時間は定期的に確保してくれていた。今の時期は仕事が忙しいからと予め言われていたため、葵は久々に母親の言うことを聞くことにした。


 葵が電車を降りると、駅で母が待っていた。


「こっちよー、あんたちょっと太った?」


 相変わらずデリカシーが無い。


「1キロだけね」

「あの彼氏さん……耀さんとは仲良くやってるの?」

「うん、どうしたの急に。まぁぼちぼちかな」

「ぼちぼちって何よ、うまくいってないの?」

「そういう訳じゃないけど、ちょっと忙しいだけだよ」

「会う頻度とか減ってない? 連絡はちゃんと取ってるの?」


(相変わらずうるさい)


 葵がそう思っていると、母のガラケーが鳴った。


「うん、うん、今会ったわよ」


 どうやら会話の相手は父っぽい。助かった、と葵が思っていると、母がジェスチャーをしている。早く車に乗れとのことなんだろう。


(全く自由なんだから)


 葵は母に促されて助手席に座った。電話を切った母も運転席に乗り込む。


「じゃあ行くわよ、お父さんも会いたがってたし。マイケル君も紹介したいし」

「マイケル君ってお父さんに弟子入りした人だよね。急に電話来たからびっくりしたよ。どんな人なの?」


 母はマイケル君について話した。熱意がとてつもないこと、日本語はペラペラなこと、めっちゃドジなことなど。


「へぇー、結構面白い人なんだ!」

「きっとあんたも翔君みたいにすぐ仲良くなれるわよ」

「え? 翔が?」

「なんか気づかないうちに仲良くなってたわよ」


 そうこう話しているうちに実家に着いた。居間に行くとちょうど翔とマイケルが一緒に将棋で勝負をしていた。


「そう来ますかぁ」

「うーん」


 葵がずっと見ているとマイケルが顔を上げる。それにつられて翔も気づく。


「うおっ、びっくりした!お前帰ってきたのか」

「ああ、じゃあこの方が葵さんですね」


 マイケルは立ち上がって挨拶する。


「初めまして。お父さんにお世話になっています、簡太・マイケルと申します」


 慌てて葵も返す。


「あ、ご丁寧にありがとうございます。私は山瀬葵と申します」

「え、じゃあ俺も。俺は……」

「翔は自己紹介要らないでしょ」


 葵に制され翔はちぇーと言いながら立ち上がりかけた足を戻す。


「ご飯できたわよー」


 母の一言で3人はちゃぶ台に集まる。


「あれ? お父さんは?」


 葵は父がいないことに気づいて尋ねる。さっき母に掛かってきた電話も父からのものだったはずだ。


「ただいまー」


 ちょうどそのタイミングで父の裕次郎が帰ってきた。


「おお、もう着いたのか」


 裕次郎は手を洗った後、座った。


「あなた、どこ行ってたんですか?」


 母が料理を持ってくるついでに裕次郎に尋ねる。


「いや、ちょっと外に出てただけだ」


 裕次郎の視線が若干逸れる。すぐに裕次郎は視線を葵に戻し、話しかけた。


「久しぶりだなぁ、ちゃんと飯とか食ってるか?」

「食べてるよー。お父さんは……食べてるみたいだね」


 葵は裕次郎の体を見て確信した。


「俺にもついに貫禄ってもんが出てきたみたいだ」

「お腹だけでしょ。ビールは禁止してるんだけどねぇ」


 母があきれた調子で苦言を溢す。


「人ってのは我慢しちゃいけないんだよ。その分他に行くから」


 裕次郎はその言葉のままに目の前の生姜焼きに箸を伸ばす。


「こらっ、まだいただきますしてないでしょ! 翔君もせっかくだから食べてきなさい。マイケル君もたくさん食べてね!」

「うん」「はい!」

「じゃあ、いただきます!」


 にぎやかな食卓になったと葵の両親は喜んでいた。


(面倒くさいって思ってたけど、やっぱりこの空気は落ち着くな……)


葵は小さい頃から好きだった生姜焼きを頬張った。

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