第24話 石門の奥(やっぱり試練)と乙女の叫び(再)

「ああ、私の人生設計、どこでこんなサバイバルアドベンチャールートに強制的に分岐してしまったのかしら……。せめて、この森の出口には、素敵な図書館と、ふかふかのベッドと、あと……できれば専属のパティシエがいることを、切に、切に願いますわ……!」


 私の切実すぎる願いも虚しく、目の前には、鬱蒼とした木々が少しだけ開けた場所に、まるで太古の巨人でも作ったかのような、巨大な石門が霧の中にぼんやりとそびえ立っていた。明らかに人工物。そして、途方もなく古い。この世のものとは思えないような、威圧感と神秘性が入り混じった空気を放っている。


 左手にはめられた銀の指輪が、この石門に呼応するかのように、チリチリと微かな熱を帯び、そして奇妙な共鳴を私の全身に伝えてくる。気持ち悪い……けど、無視できない何か。


「……ここが……カイエン隊長の言っていた、『古き血』ゆかりの場所……ですの?」


 私の声は、自分でも驚くほどか細く震えていた。もはや、恐怖なのか、疲労なのか、空腹なのか、それらが渾然一体となった感情に支配されている。


「……おそらくはな。この石門の先に、何らかの手がかりがあるはずだ」

 カイエン隊長は、いつも通りの無表情で石門を見据えている。その瞳の奥には、ほんの僅かだが、探求心のような光が宿っているように見えた。この人、やっぱりこういう状況、ちょっと楽しんでません?


「なんと……! これほど古い遺跡が、このような森の奥に……。一体、誰が何のために……」

 レオンハルト様は、息を呑み、騎士としての好奇心と警戒心をないまぜにしたような表情で石門を眺めている。その生真面目な横顔は、こんな状況でなければ「あら素敵」と思えたかもしれないけれど、今の私にはそれどころではない。


「わたくし、もう一歩も動けませんわ……。足の感覚もございませんし、お腹も空きましたし、何より、あの熊の香りの毛布マント(自称)、もう限界ですの! 臭いと埃と湿気で、わたくしの繊細な肌が……!」


 私は、その場にへたり込み、本日何度目かのストライキを敢行しようとした。しかし、カイエン隊長は、そんな私のささやかな抵抗など、鼻であしらうように一蹴する。


「我儘を言うな。ここまで来て引き返すという選択肢はない。それに、お前が一番、この場所と深く関わっている可能性があるのだぞ?」

「そ、それは……この指輪が勝手に反応しているだけで……!」

「その指輪を選んだのは、お前の血だ」


 ぐうの音も出ない。確かに、この指輪、カイエン隊長が勝手にはめたけれど、私の指にするりと収まったのだ。まるで、ずっとそこにあったかのように。


「ミレイユ司書、お気持ちは察しますが、今は進むしかありません! 私が必ずお守りしますから!」

 レオンハルト様が、力強く(しかし、やっぱりどこか空回り気味に)私を励ます。その騎士道精神は素晴らしいけれど、できれば私の代わりにこの石門の先へ行って、安全確認をしてきてほしいくらいだわ!


 カイエン隊長は、私がごねるのを待たずに、石門へと歩み寄った。石門には、複雑な紋様がびっしりと刻まれている。その中には、あの獅子と蛇が絡み合った、忌まわしき呪いの巻物(仮)と同じ紋章も見える。


「……やはりな。この石門自体が、一種の結界、あるいは試練となっているようだ」

 カイエン隊長が、石門の表面に手を触れながら呟く。


「し、試練ですって!? まさか、謎解きとか、化け物との戦闘とか、そういうのがお約束で待っているんじゃありませんでしょうね!? わたくし、そういうのは乙女ゲームのイベントスチルで見るだけで十分ですのよ!」

「だとしても、行くしかないだろう」


 カイエン隊長は、石門の中央部分――紋章が特に密集している箇所――を、何やら特定の順番で押し始めた! すると、ゴゴゴゴ……という地響きと共に、巨大な石門が、ゆっくりと、しかし確実に、内側へと開き始めたではないか!


「ひゃっ! 開いた! 開きましたわ!」

「よし!」


 私とレオンハルト様の声が重なる。しかし、カイエン隊長の表情は険しいままだった。


 石門の向こう側は、薄暗い洞窟のような通路が、奥へと続いている。そして、その通路の入り口には……。


「……な、なんですの、あれは……?」


 私の視線の先、通路の入り口の両脇に、まるで門番のように、二つの不気味な石像が立っていた。それは、半分獣、半分人間のような姿をしており、その手には錆びついた巨大な斧を握っている。そして、その石像の目が……気のせいか、今、赤くギラリと光ったような……?


「……どうやら、最初の『お出迎え』のようだな」

 カイエン隊長が、面白くなさそうに呟く。


「お、お出迎えって……! あれ、絶対に動き出しますわよ! そして私たちを襲ってきますわ! そういうお約束ですもの、こういう展開は!」

「ミレイユ司書、私の後ろへ!」


 レオンハルト様が、剣を抜き放ち、私を庇うように前に出る! カイエン隊長も、腰に差した短剣に手をかけている。


 ああ、もう! どうしてこうなるの!? 私の人生、どこでこんなバトルファンタジールートに迷い込んでしまったの!? せめて、この石像が、実は可愛いマスコットキャラクターで、私たちを歓迎してくれる……なんていう、都合の良い展開は……。


 無理よね、やっぱり。


 石像の目が、再び、今度は確実に、赤い光を放った! そして、ゴゴゴゴ……という音と共に、その巨体が動き始める!


「いやぁぁぁぁぁぁぁ! やっぱり動いたぁぁぁぁぁ!」


 私の絶叫が、古代遺跡(仮)に響き渡る! 私の平穏な読書ライフ奪還への道は、どうやら、物理的な戦闘スキルも必要とされるらしい……! もう、本当に、本当に、勘弁してくださいましぃぃぃぃ!

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