第19話 地上!(ただし森の中)そして新たな囁き

 カチッ。


 静寂を切り裂くように、小さな、しかし確かな音が響いた。私の心臓は、緊張のあまり、喉から飛び出しそうだった。開いたの? 開いたのよね!? それとも、カイエン隊長がピッキングツールを折った音!?


 固唾を飲んで見守る私とレオンハルト様の前で、カイエン隊長は静かに鉄の蓋に手をかけ、ゆっくりと、しかし確実な力でそれを持ち上げた。


 ギギギギギ……ッ!


 錆びついた蝶番が、悲鳴のような軋み音を立てる。そして、その隙間から、一条の……眩しいほどの、外の光が差し込んできたのだ!


「あ……開いた……! 開きましたわーーーーーーーーっ!!」


 思わず、歓喜の声を上げる私! やった! やっとこのジメジメ薄暗い地下牢(のような場所)からおさらばできるのよ!


「急げ! もう時間がない!」


 カイエン隊長の短い、しかし有無を言わせぬ指示が飛ぶ!


「ミレイユ司書、お先にどうぞ!」

 レオンハルト様が、騎士らしく(?)私に順番を譲ってくれる。ええい、こうなったら淑女の嗜みなんてかなぐり捨ててよ!


 私は、必死の形相で、錆びて所々抜け落ちそうな鉄製の梯子にしがみつき、よじ登り始めた!


「ひぃぃぃ! た、高いですわ! 怖い! しかも、このドレスが梯子に引っかかって……!」

「黙って登れ! ぐずぐずするな!」


 下からはカイエン隊長の容赦ない声! それどころか、私の足首あたりを、ぐいっと押し上げるような感触まで!


「ちょっ、どこを触ってらっしゃいますの!? セクハラですわよ、このドサクサ紛れ!」

「……お前の体重が重いだけだ」

「なんですってぇぇぇ!?」


 そんな失礼な会話(?)を繰り広げている間にも、追手の足音はすぐそこまで迫っている!


 ようやく地上に這い出た瞬間、私は眩しさに目を細めた。そこは……鬱蒼と木々が生い茂る、薄暗い森の中だった。日は既に西に傾きかけ、不気味なほどの静けさが漂っている。え、ここどこ? 図書館の敷地内……じゃないわよね?


「こ、ここは……一体……?」


 私が呆然としている間に、レオンハルト様、そしてカイエン隊長も次々と地上へ姿を現した。しかし、安堵のため息をつく間もなく、私たちが登ってきた縦坑の入り口――地面に開いた黒い穴――から、追手の騎士がぬっと顔を出した!


「いたぞ! やはりここへ逃げ込んだか! 取り押さえろ!」


 まずい! 早すぎる!


 数人の騎士が、雄叫びを上げながら縦坑から飛び出してくる! レオンハルト様が即座に剣を抜き、騎士たちの前に立ちはだかった!


「ヴァレンティア隊長、ミレイユ司書を連れて先へお進みください! ここは私が食い止めます!」

「レオンハルト様!?」

「チッ……足手まといが」


 カイエン隊長は、忌々しげに呟くと、私の腕を掴み、有無を言わさず森の奥へと走り出した!


「待ってくださいまし! レオンハルト様は!? あんな多勢に無勢では……!」

「彼なら大丈夫だろう。それよりも、今は我々が逃げるのが先だ」


 カイエン隊長の言葉は冷たい。けれど、今はそれに従うしかない。背後からは、剣戟の音とレオンハルト様の勇ましい声が微かに聞こえてくる。どうかご無事で……!


 森の中を、木の根や下草に足を取られながら、ひたすら走る。私の肺はもう限界だし、お気に入りのドレスは完全に泥と葉っぱまみれ。涙が出そう……いや、もう出てる!


「ああ、もう、どうしてわたくしがこんな目に……! 私の穏やかな読書ライフは、完全に崩壊しましたわ……!」


 半泣きで、ほとんど引きずられるように走り続ける。どれほど走っただろうか。追手の気配が完全に遠のいたとカイエン隊長が判断したのか、ようやく足を止めた。


 私は、その場にへたり込み、荒い息を繰り返す。


「はぁ……はぁ……もう、ダメです……一歩も……動けません……」


 カイエン隊長は、周囲を鋭く警戒しつつ、冷静に告げる。

「……レオンハルトが時間を稼いでくれたおかげで、追手は一時的に撒いただろう。だが、奴らもすぐに別の部隊を編成して追ってくるはずだ」


 その言葉に、私は絶望的な気分になる。終わりがない……この逃走劇に、終わりはないの……?


「そもそも! あの巻物がなければ、こんなことにはならなかったんですのよ! いったい全体、何が書かれているというのですか!? わたくしをここまで危険な目に遭わせて!」


 疲労と恐怖と理不尽さで、私はついにカイエン隊長に詰め寄った。彼は、表情一つ変えずに私を見下ろし、懐から例の呪いの巻物(仮)を取り出した。そして、無言で私に差し出す。


「……え?」


 戸惑う私。彼が何をしたいのか分からない。


「触れてみろ。そして、もう一度思い出せ。お前が感じたものを」


 その言葉に促されるように、私は恐る恐る、巻物に指先で触れた。

 その瞬間――またしても、あの奇妙な感覚が、私の全身を貫いた!

 そして、巻物の表面が、淡い緑色の光を放ち始める……!


 私の脳裏に、新たな、そして前回よりもずっと鮮明な「言葉」が、直接響き渡ってきたのだ!


『目覚めの時は近い……古き血の乙女よ……封印されし力を解き放ち、真の契約を果たすのだ……』


「―――ひっ!?」


 私は恐怖に目を見開き、巻物から手を離した! な、何今の!? 古き血の乙女って……まさか、私のこと!? 封印されし力!? 真の契約!?


 この巻物は、一体何を呼び覚まそうとしているというの!? そして、私は……私は一体、何に巻き込まれてしまったの!?


 私の受難は、新たな、そしてより深刻な恐怖と共に、さらに深まっていくのだった……!


 (第十九話 了)

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