第12話 逃走経路は埃まみれ(お約束)
「いやぁぁぁぁ! 私の平穏な図書館ライフどころか、命まで危うくなってるんですけどぉぉぉ!」
私の絶叫(もちろん心の声)も虚しく、私はカイエン隊長によって、まるで秘密基地への入り口のような隠し通路へと、文字通り押し込まれた。ゴゴゴ…と音を立てて背後の壁(だったもの)が閉まるのと、扉を乱暴に叩く音、そして怒号が聞こえてくるのは、ほぼ同時だった。間一髪! ……って、喜んでる場合じゃない!
「ちょ、ちょっと隊長! 暗すぎますわ! 一寸先も見えませんし、埃っぽくて息が……ゲホッゲホッ!」
「黙って走れ。追いつかれるぞ」
有無を言わせぬ低い声。カイエン隊長は、私の腕を掴んだまま、躊躇いなく暗闇の中を突き進んでいく。なんでこの人、暗闇でも普通に走れるの!? もしかして夜目が利くとか、そういう特殊能力持ち!?
一方の私は、慣れない暗闇と、おろしたての(そして早くも汚れつつある)ドレスの裾に足を取られ、覚束ない足取りで引きずられるのが精一杯だ。
「ひゃっ!」「きゃっ!」「ふぇっ!?」
情けない悲鳴を上げながら、何度転びそうになったことか。その度に、カイエン隊長に無言で(しかし容赦なく)引き起こされる。優しさのかけらもない!
「も、もう! ドレスが台無しですわ! 土埃まみれじゃありませんの!」
「今はそれどころではないだろう」
「それどころじゃないのは分かってますけど! これはわたくしのお気に入りなんですのよ! 先月の自分へのご褒美に……」
「……(深い溜息)」
カイエン隊長の溜息が、暗闇の中でもはっきりと聞こえた気がした。失礼しちゃうわ! こっちは命の危機に瀕しながらも、乙女心(?)を主張しているというのに!
背後からは、依然として追手の声が響いてくる。「こっちだ!」「隠し通路があったぞ!」「逃がすな!」「国王陛下直々のご命令だ! 例の巻物と娘を確保しろ!」……ひぃぃぃ! やっぱり私のことも言ってる! しかも国王陛下直々って! いつの間にそんな重要参考人に!?
緊迫感MAXの状況下で、カイエン隊長は時折、壁の一部に素早く触れていく。カチリ、と小さな音がして、何かの仕掛けが解除されるような気配。どうやら、この通路には罠も仕掛けられているらしい。この人、一体何者なの? 図書館の構造にも詳しすぎるし、罠の解除まで……。
とある曲がり角で、カイエン隊長が突然、私の口を片手で素早く塞ぎ、壁の窪みにぐいっと押し込んだ!
「んぐっ!?」
「静かにしろ。来てる」
息を殺して壁に張り付く。心臓が、破裂しそうなほどドキドキと音を立てている。やがて、複数の足音が近づいてきて……私たちのすぐそばを、ドタドタと通り過ぎていった! その息詰まる一瞬、カイエン隊長の気配は完全に消え、まるで壁の一部になったかのようだった。
(……す、すごい……。この人、本当に人間……? 暗殺者とか、そっち系の特殊訓練でも受けてるんじゃ……?)
不本意ながら、その能力の高さに感心してしまう。まあ、その能力が、今まさに私を面倒事に巻き込んでいる元凶でもあるのだけれど!
追手が行き過ぎたのを確認すると、カイエン隊長は再び私の腕を掴み、走り出した。
「はぁ……はぁ……も、もうダメです……走れません……限界……」
「泣き言を言うな。もうすぐ出口だ」
「で、出口って……どこに出るんですの……?」
「…………」
答えてくれない! 不安しかない!
「なんでわたくしが、こんな目に遭わなくちゃいけないんですの……! ただ、本を読んで、静かに、穏やかに暮らしたかっただけなのに……! 乙女ゲームの断罪エンドの方が、まだ予測可能だっただけマシでしたわよ、これ!」
涙目で、半ば八つ当たり気味に内心で絶叫する。ああ、書庫の新刊コーナーが恋しい……。アンナ先輩の淹れてくれるハーブティーが飲みたい……。
しばらく、無言で走り続けると、前方に、ほんのりとだが、確かな光が見えてきた。外の光……?
「あ……!」
出口だ! やっとこのジメジメした暗闇から解放される!
安堵しかけた、その時だった。背後から、先ほどよりもずっと近くで、追手のリーダーらしき、怒りに満ちた声が響き渡った!
「見つけたぞ! そこまでだ、ヴァレンティア! 例の巻物を持ったローデル家の娘と共に、おとなしく投降しろ! 生死は問わんとのご命令だぞ!」
(せいしはとわん!? やっぱり言ったわね!? なんで!? 私、何かしました!? 巻物の封印解いちゃったのがそんなに悪いこと!?)
背筋が凍りつく! もうダメだ! 追いつかれる!
光に向かって、最後の力を振り絞って走る! カイエン隊長も速度を上げる! 出口の先には、一体何が待っているというの!? 無事に逃げ切れるの!? それとも、ここで御用!?
「もうダメかもしれない……! 本が……本が読みたい……!」
私の悲鳴(もちろん心の声)は、緊迫した隠し通路に木霊する。事態は、もはや一刻の猶予もない、絶体絶命の状況へと突入していた!
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