第8話 解読命令は絶対ですか?(涙目)

「この巻物の解読……。封印を解いたお前が、やるしかないかもしれんな」


カイエン隊長の、まるで「今日の夕飯は魚だ」とでも言うかのような、淡々とした、しかし有無を言わせぬ口調での無茶振り。私の脳内で、かろうじて保っていた理性の糸が、ブチッ! と音を立てて切れた。


「む、む、む、無理ですってばぁぁぁぁっ!! 何度言ったらお分かりになりますの!? わたくしは! ただの! しがない! 図書館司書ですのよ!? 古代文字なんて、習ったことも見たことも(今日まで)ありませんでしたし! 魔力なんて、それこそ鼻くそほども(たぶん)持ち合わせておりませんの! なのに解読って! 無理難題にもほどがありますわ!」


涙目で、半ばパニックになりながら、私は必死に訴える。もう淑女の仮面なんてかなぐり捨ててやる! この際、ヒステリックな悪役令嬢だと思われたって構うものか! 生存権と平穏権(そんなものはない)を主張せずにはいられない!


しかし、私の必死の抵抗は、目の前の男たちには暖簾に腕押し、糠に釘。


「しかしミレイユ司書、君にはローデル家の高貴なる血が流れているのだろう!? きっと何か、我々には計り知れない特別な力が眠っているはずだ! 自らを信じろ!」

レオンハルト様は、キラキラした瞳(若干、現実が見えていない系の)で、的外れな励まし(?)を送ってくる。やめて! そんな少年漫画の主人公みたいなノリでプレッシャーかけないで!


一方、カイエン隊長は、私の剣幕にも全く動じず、心底不思議そうな顔で(あくまで当社比ですが)首を傾げた。

「……騒ぐな。読めないなら、読めるようにすればいいだけだろう。簡単なことだ」


(簡単ですって!? どの口がそれを言うかぁぁぁぁっ! あなたねぇ!)


この男、もしかして人の心が無いのでは? あるいは、常識というものが著しく欠落しているのでは? 怒りを通り越して、もはや一種の恐怖すら感じる。


「そ、そんな無茶苦茶な……!」

「無茶ではない。お前の血が、その巻物に反応したのは事実だ。ならば、その反応を辿れば、解読の糸口くらいは見つかるはずだ」


カイエン隊長は、こともなげに言う。私が悔し紛れに巻物を睨みつけると、確かに、さっき感じた奇妙な感覚――脳内に響いた知らない言語の音――が、特定の文字のあたりで、微かに、本当に微かにだが、再び反響するような気が……しなくもない……?


(……うそ……? まさか、本当に……? いやいやいや、気のせいよ! 疲れてるのよ、私は! 埃とストレスで幻覚を見てるのよ!)


必死でその感覚を打ち消そうとしている私の、ほんの一瞬の逡巡を、この男は見逃さなかった。


「……やはり、何か感じているな? その感覚を研ぎ澄ませ。それが鍵だ」

「ひっ……!」


見透かされたような気がして、思わず息を呑む。なんなのよこの人! エスパー!? サトリ!?


私が内心でさらなるパニックに陥っていると、レオンハルト様が「ううむ」と腕を組んだ。

「しかし、こんな埃っぽい場所で解読作業というのも、集中できないだろう。やはり、一度館長にご相談して、適切な場所を用意してもらうべきでは……?」


(そうよ! それがいいわ! 館長なら、あるいはこの無茶振りを止めてくれるかも……!)


一縷の望みを託しかけた、その瞬間。


「いや、館長には知らせん方がいい」


カイエン隊長が、レオンハルト様の提案を、ピシャリと、それこそ氷壁のような冷たさで遮った。


「この巻物は、その内容次第では、王家や貴族社会を揺るがしかねん代物だ。情報が漏れるのは避けるべきだ。……おい、少し場所を変えるぞ。ついてこい」


そう言うなり、カイエン隊長は、有無を言わさず私の腕を掴んだ!


「ひゃあっ!? な、なんですの!? どこへ連れていくつもりですの!? 離してくださいまし!」


突然の(乱暴な)エスコート(?)に、私は全力で抵抗する!


「待て、ヴァレンティア隊長! 図書館職員に乱暴する気か! それに、勝手な行動は許さんぞ!」

レオンハルト様も、正義感を発揮して止めようとしてくれるが、カイエン隊長は柳に風。


「……お前も来るか? 騎士団として、この件にどこまで首を突っ込みたいか知らんが、これ以上は俺の管轄だ。深入りすれば、お前自身の立場も危うくなるかもしれんぞ」


その低い声に含まれた、暗黙の脅し(?)。レオンハルト様は「ぐっ……」と言葉に詰まる。その隙に、カイエン隊長は、抵抗する私をまるで米俵か何かのように(失礼!)軽々と引きずり始めた!


「いやぁぁぁぁぁ! 拉致! これは誘拐ですわ! 誰か! 誰か助けてぇぇぇぇ!」

「騒ぐな。少し移動するだけだ」

「その『少し』が信用できませんのよぉぉぉぉ!」


私の悲鳴と抵抗も虚しく、私は屈強な(そして非常に迷惑な)治安隊長によって、埃まみれの第二書庫から、未知なる場所へと連れ去られていく……。レオンハルト様は、悔しそうに、しかし動けない様子で、その場に立ち尽くしている。


(ああ……私の……私の平穏な図書館ライフが……完全に……終わった……!)


連行されながら、私は心の中で最後の(本日N回目の)絶叫を上げる。果たして、私はどこへ連れて行かれるのか? そして、この忌まわしき呪いの巻物(仮)の解読から、逃れる術は残っているのか!?


ミレイユ・フォン・ローデル、人生最大のピンチ(更新中)! 私の明日は、一体どっちなのぉぉぉぉ!?

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