第6話 別離

 「二人、明日、島、出ろ」

 「!」

 ついに来てしまった、マヒメからの別れの宣告。

 「まっ、待ってくれ、どうか考え直してくれ、頼む」

 「お願いです、マヒメ様、僕たちをここに置いてください、お願いします」

 二人が床に膝を着けて陳情する様を見るマヒメの顔も苦痛に歪んでいる。

 「だっ……だめ、二人、死ぬ、嫌」

 マヒメの頬に涙が伝う。

 「帰るところなんてない、陸に上がっても地獄が待っているだけです」

 ルイスがマヒメの足に縋って泣いている。

 「マヒメ、迷惑かも知れないが俺達はここを出てもろくな死に方出来そうにない、ならここで少しでもお前の役に立って死にたいんだ、許してくれないか」

 「!うっ、うっ、ああああっ」

 しゃがみ込むとルイスとダーウェンの頭を抱き抱えて泣いた、三人で泣いた。

 マヒメは立ち上がると泣き顔のまま、本宅を飛び出していく、坂を下る程に、走る程に泣き声は大きくなり海を渡っていく。

 そのまま海に飛び込み、水飛沫を上げレヴィアタンが疾走する、幾度も海面から空中に駆け上る様は別れの辛さに身を捩り悶えているかのようだった、行き場所のない悲しみを追いやる様に飛ぶ、その光景を二人は茫然と眺める事しか出来なかった。


 眠る事は出来ずに二人は本宅でマヒメの戻り待った、考え直してくれることに一縷の望みを託して待った。

 朝日と共に小さな足音が扉の外に帰った、日の光を浴びたマヒメの顔は泣きはらして真珠の肌が目の周りだけ赤く痛々しい。

 「マヒメ……考え直してくれたか」

 薄っすらと哀しく笑いながら首を横に振る。

 「!!」

 「だめなのか……」

 ルイスがまるで死刑を宣告されたように膝を床に落とした。

 マヒメは震える唇を噛み、強く瞼を閉じて耐えている。

 二人の絶望がマヒメに伝わる、それほど慕われたことに魂が震える、覚えている限り二度目の感情。

 大切に持ってきたバックを三人で囲んだテーブルに置く。

 「二人、お願い、大切」

 「!?」

 「なんだ」

 丁寧にバックの蓋を開けて中身を晒した、純白の大きな卵だ。

 「私、の、子供」

 「!!」

 「聖獣の卵!」

 「私、ベリアル、子供、守って、逃げて」

 「君がここを離れられない理由はこれか!」

 「アンデッドが狙っているのもエリクサーではなく卵の方か!」

 マヒメが頷く。

 「聖獣、海、孵らない」

 「えっ、そうなの、海の聖獣なのに!?」

 「聖獣、川、育つ、エリクサー、子供、乳」

 「そうか、淡水の川でしか孵化しないのか、そしてエリクサーは聖獣の乳!」

 「山深く、清浄、川」

 「ベリアルと過ごした君は川に戻ることが出来ずに卵を産んでしまった、卵を抱えて海を渡ることは出来ないでいたわけだ」

 「よし、それなら三人で行こう、清浄なる川へ、そして三人で育てるんだ」

 「!」

 ルイスとダーウェンに一気に希望が沸き上がった。

 沸き上がった希望を打ち消すように再び首が横に振られる。

 「なぜだ、なんでダメなんだ」

 「島、離れる、私、獣、戻る」

 「えっ、獣に戻るって?」

 「島、霊力、私、人、ベリアル、ダー、ルイ…ここ、居る」

 マヒメは自分の胸に手を置く。

 「聖獣は漂流島の霊力で人を保っている?長く海に居れば水妖に戻ってしまうのか」

 「獣、戻る、ここ、消える」

 泣きながら首を激しく振った。

 「子供、人、心、二人、育てて」

 大きな目が涙を零したまま、ダーウェンとルイスを真っすぐに見る。

 荒ぶる海の水妖魔レヴィアタンは漂流島の霊力と最初の人間、ベリアルとの愛で聖獣に進化して人の心を宿し恋をして愛を知り、別離を経て思い出を抱く。

 エリクサーを育む島の霊力の恩恵がなければ人の心を保てない。

 「獣、心、無い、思い出、消え……る」

 両手が顔を覆って、最後は声にならなかった。


 絶望と希望、恋と愛、悲しみと哀しみ、思い出が純白の卵の上に積み重なり温める。

 次の生に心を残すために。


 夕暮れの太陽が、海をオレンジ色に染める中、二人の乗るヨットは漂流島を出港した。

 いつもの砂浜で手を振るマヒメに見送られながら。

 「これでいいの!これでお別れなの!」

 小さくなっていくマヒメと島影にルイスの涙は底なしに流れている。

 「俺たちは彼女の宝を託された、裏切ることは……出来ない!!」

 舵を握るダーウェンの手が震えている。

 「俺はっ!!本当は人殺しの盗賊だ!!いやしいクソ野郎なんだ、この島でエリクサーを盗んで一山儲けようと思っていたコソ泥だ、彼女の傍に居ていいような人間じゃない、そんな俺に彼女はっ!!」

 ダダンッ、激しく拳が舵を打つ。

 「自分の子供を育ててくれと……俺にそんな資格は無い」

 「それなら僕なんて!人間ですらないのに!!」

 「!?」

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