『現代社会を征服しようと悪魔を召喚しましたが、想像以上にポンコツだった件』

あらやん

第1話『エリート悪魔?リリム降臨』

 現実なんて、クソくらえだ。


 気づけば、そんな言葉を繰り返している自分がいた。


 社会は不公平で、努力なんて報われる保証はどこにもない。

 誰かが必死に働いている間に、別の誰かが楽をして生きている。

 真面目に生きるだけ損だって、誰もがうすうす感じているくせに、口には出さない。

 どうせ俺たちは、何も変えられないから。


 ――そんな毎日、まっぴらごめんだ。


 俺、相馬悠人は十九歳。

 今、人生のどん底にいる。


 高校を卒業したものの、進学はしなかった。

 親に勧められて受けた就職先は、どう見てもブラック企業。

 内定をもらったときでさえ、喜びの感情なんて欠片も湧かなかった。


「なにやってんだろうな、俺……」


 六畳一間の安アパート。

 机の上に転がるのは、埃をかぶった一冊のノート。

 それは俺が中学生の頃、厨二病全開で書き連ねていた「魔導書」――のつもりだった、ただの日記帳だ。


 だけど、今日くらいは、現実を忘れてもいいんじゃないか。

 馬鹿みたいな妄想に、もう一度、全力で浸ってもいいんじゃないか。


「世界征服……悪魔を召喚して、全部ぶっ壊してやる」


 そう口にした瞬間、我ながらアホかと思った。


 けど、いいじゃないか。

 どうせやることもない、暇な夜だ。

 俺の未来なんて、ブラック企業で潰されるくらいなら、悪魔の力で滅茶苦茶にしてやった方が、いっそ清々しい。


 ノートを開いて、埃を払う。

 懐かしいな、これ。

 中学生の頃、昼休みに一人でニヤニヤしながら書いてた「俺だけの魔導書」。

 今見ると、あまりの痛さに笑いしか出ない。


「さて、どんな呪文書いてたっけ……お、これか?」


 ページの端に、やたらとカッコつけた文字列。

 意味なんか分からない。なんなら俺も忘れてた。

 適当に響きが良さそうな単語を並べただけだ。


「レクス・サタナエ……オルド・インフェルノ……っと。はは、こんなんで悪魔でも出たら苦労しねぇよな」


 俺は苦笑しながら、ロウソクを揺らしてみる。

 部屋の照明を消して、ちょっとそれっぽい雰囲気を作ってみたりして。

 なんだかんだで、こういうの、嫌いじゃない。


「……でもさ」


 呟く。

 もし、本当に悪魔が出てきたら。


「そいつと一緒に、世の中ひっくり返してやれたら、最高だよな」


 カッ、とロウソクの炎が揺れた。

 ……あれ?風、なんか吹いたか?

 と思った次の瞬間――。


 ――ズズンッ!


「……は?」


 部屋の空気が一気に冷たくなる。

 いや、冷たいっていうか、重い。

 なにこれ、マジで何か起きてる?


「お、おい……ウソだろ……」


 目の前が、ぐにゃりと歪む。

 光が弾ける。

 耳鳴り。鼓膜がキーンと鳴って、身体が一瞬、浮いた気がした。


「ちょ、待て、マジで? マジで!?」


 遊び半分、悪ふざけ。

 そのはずだった。

 それが――まさか。


「ふふーん! ついに召喚されたわ! 悪魔界のエリート、リリム様、登場よっ☆」


「は……? 誰だよお前ぇぇぇぇぇ!!」


 煙の中から現れたのは、……女だった。

 小柄な体に黒いローブ、赤い瞳がやたらと輝いている。

 


「誰?」


「え? 何それ、ひどい! あんたが呼んだんでしょ? リリムだってば!」


「いや、いやいやいや。俺、悪魔を呼んだつもりなんだけど?」


「だから、リリムがそうだって! 悪魔界のエリート中のエリートなの!」


  はあ? 何言ってんだ、こいつ。

 俺は頭を抱えた。

 召喚、成功? 本気で?

 ていうか、このテンション、悪魔っていうより、どこかの変なアイドルだろ。


「証拠、見せてやろうか?」


「は?」


  リリムが手を上げる。

 すると、俺の部屋の壁が――。


「え、ちょ、待――」


 ――ドンッ!


 轟音とともに、壁が半分吹き飛んだ。


「どう? これが悪魔の力よっ!」


「ふざけんなああああああああああっ!!」


 俺は思わず叫んだ。

 隣の部屋の住人が、騒ぎを聞きつけてドアを叩く音が聞こえる。


「ちょっと、何してんの!? 壁壊すとか、正気じゃないでしょ!?」


「だって演出大事でしょ?」


「帰れえええええええっ!!」


こうして、俺の人生は、一夜にして予想外の方向に転がり始めたのだった――。



◆ ◆ ◆


「なあ、もう一回試してもいいか?」


「え? 召喚?」


「そう。絶対、何かの間違いだ。お前が来たのは、ミスだ。次こそ、ちゃんとした悪魔が来るはず」


「……ひどいなあ」


 リリムの顔が、わずかに曇った気がした。

 でも、そんなものに構っていられなかった。

 このままじゃ、俺の計画は台無しだ。

 こんなポンコツ悪魔じゃ、世界征服どころか、アパートの保証金すら危うい。


「悪いけど……お前、帰れ」


「……え?」


「召喚、解除する。こんな奴、俺の理想じゃない」


 リリムは、口を開きかけて、でも何も言わなかった。

 ただ、少しだけ俯いて、微かに肩を震わせたように見えた。


「じゃあな」


 俺はグリモワールを開き、ページをめくる。

 解除の呪文。確か、これだったか。


「――レクス・ディソルブ……インフェルナリオ……」


 リリムの体が、光に包まれる。


「っ……!」


「もう、戻ってくるなよ」


 リリムは、何も言わずに、煙の中へと消えていった。

 部屋は、再び静寂に包まれる。

 だけど、心の奥に妙な違和感が残った。


「……くそ、やっぱダメだ」


 このままじゃ終われない。

 こんなポンコツじゃなく、もっと本物の悪魔を。

 きっと、次は上手くいくはずだ。


「よし……もう一度だ」


 再びロウソクを灯し、グリモワールを開く。

 召喚の呪文は、もう暗記していた。


「レクス・サタナエ……オルド・インフェルノ……!」


 また、あの光と煙。

 今度こそ、今度こそ――。


「ふふーん! 悪魔界のエリート、リリム様、再び登場っ☆」



「お前かよ!! なんでだよ!!」


「だって、私、専属なんだもん♡」


「ふざけんな! また帰ってくれ!」


 俺は即座に、グリモワールを開いた。

 解除の呪文を唱えようとする――が。


「レクス・ディソ――」


「無理よ、それ」


「……は?」


 


 リリムが、ふっと微笑んだ。


「さっき、召喚解除の力、封じちゃった」


「……おい、どういうことだよ」


「もう、私、帰らないから♪ ずっと、あんたのそばにいるの。

 契約だから、仕方ないでしょ?」


「勝手に決めんなああああああああっ!!」


 俺の叫びは、虚しく部屋に響くだけだった。

 悪魔は、もう帰らない。

 ……いや、帰れないのか。


 こうして、俺とポンコツ悪魔リリムの、逃げ場のない日々が始まった。


 


(つづく)


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