第7話 旅路の灯火、そして門をくぐる

森を抜け、草原と緩やかな丘をいくつか越えた先に、遠くに建物の影が見え始めたのは、日が西に傾きはじめた頃だった。空はまだ明るいものの、長い影が地面を走り、そろそろ夕暮れが近いことを感じさせる。




「……あれがリンドヴェールかな」




リィナが少し先を歩きながら足を止め、丘の上から遠景を見つめる。エラも同じ方向を見て、こくりと頷いた。遠くの視界には、大きな壁のようなものが見え、そこからは細い煙の柱がいくつか上がっているようにも見える。




「町っぽいね。でも……まだけっこう距離あるかも」




俺は地図を広げながら、位置をおおまかに確かめる。先ほど森で聞いた話では、この辺りにリンドヴェールという大きな町があるらしい。けれど、ここから見ても門までは相当な距離がありそうだ。




「間に合うかな、夜までに……」




エラが不安げに呟き、空を見上げる。日差しは柔らかくなっているし、雲の端が少し茜色に染まりつつあった。




「うーん、急げば行けるかもしれないけど、着く頃には暗くなっちゃいそうだね」




リィナが肩をすくめてそう言うと、俺は少し考えたあとに小さく息を吐いた。




「なら、今日は野宿しよう。下手に夜になってから町に着くより、明日ゆっくり入った方がいいだろ。門が閉まってるかもしれないし、無理はしない方がいい」




リィナは最初「え、野宿?」と困った顔をしかけたが、エラと目を合わせ、安堵したように笑った。「そっか……確かに夜道は怖いもんね。三人なら、焚き火して見張りもできるし……やってみよう!」




エラは夕暮れの風に髪をなびかせながら、「私も、火はまだ慣れてないけど、二人と一緒なら大丈夫かも」と小さく微笑む。






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丘を少し下ったところに平らな場所を見つけ、簡単なキャンプを張る。風を防げるような地形を探し、枯れ枝や落ち葉を集め、焚き火のスペースを作る。リィナが火打ち石を上手に扱い、あっという間に火を起こしてくれた。




「お、すごいなリィナ。慣れてるのか?」




「うん、ギルドの新人時代にやらされたからね。火打ち石だけは得意なんだ!」




「ギルドって…リィナ冒険者かなにかのか?」




「そうだよー!言ってなかったっけ?」




リィナは得意げに笑う。エラは小さな鍋や水筒を準備し、俺は手頃な薪をさらに拾い集める。夕闇が近づいてきているが、このペースなら明るいうちに炊事の段取りが整いそうだ。






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日が落ち、空が薄紫から濃紺へと変わっていく。星が瞬き始め、遠くのリンドヴェールらしき町の灯りがかすかに揺れているのがわかる。ここからはまだ遠いが、門のあたりらしい明かりも見えなくはない。




焚き火は勢いよく燃え、ぱちぱちと小枝のはぜる音が心地よい。三人は火の周りに腰を下ろし、持っていた干し肉や乾燥野菜を鍋に入れて簡単なスープを作ることにした。




「ねえ、森の中より開けてて、視界がある分、怖くないね。夜だけど、なんか安心してる」




「……にしても、本当に助かったな。でもこんなに遅くなるとは思わなかった」




リィナはスープを置きながら、ふと首をかしげる。




「……そういえば、シンたちと合流してから、魔物が出てきてないよね? あんなに追われてたのに……不思議」




俺は一瞬、答えに詰まったが、曖昧に笑ってごまかした。


「……さあな。運が良かったのかもしれない」




エラも「……そうだね」と、小さく頷く。


だが、俺の胸の奥では“エンカウント抑制”スキルの存在が静かに光を放っていた。




「まあ、でも明日はすぐ町に行けるし、宿でちゃんと休めるよね。あー、ベッドで寝たい……」




エラは頷きつつも、焚き火の炎を見つめて言葉を探しているようだった。「シンとリィナと出会わなかったら、私……一人じゃ絶対こんな野宿もできなかったと思うし、ありがと……本当に」




「ま、三人でやれば何とかなるだろ」




俺はスープをすすりながら、そう返事をする。リィナは口の端に小さな笑みを浮かべ、「うん、ここまで来れたしね」と続けた。




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食事が終わり、火の勢いを少し抑えたところで、エラがあくびを噛み殺す。リィナも疲れたのか、まぶたが重そうだ。三人で見張りを交代することを決め、まずは俺が先に起きていることにした。




「リィナとエラは先に寝ろよ。1時間か2時間したら起こして、誰か交代してもらう」




エラは少し申し訳なさそうだが、「うん……ありがとう、シン」と寝袋の中に潜り込む。リィナも「助かるー!」と小さく伸びをしてから、隣に横になった。




夜風が草の間をすり抜ける音だけが聞こえてくる。空には無数の星が広がり、森から続く怖さはもうない。遠くで野生の動物らしき鳴き声がかすかにするが、今のところ危険は感じられない。




火の光の中で、エラとリィナの寝顔がうっすらと浮かんで見える。


二人とも安心したように眠っていて、起こすのが少しだけ惜しくなる。




(……ま、今夜は俺ひとりで見張りやっておくか)




そう思って、焚き火の炎に小さく薪を足す。


眠る二人を守るように、その火がやわらかく揺れていた。




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特に何事もなく朝を迎えた。 空が白みはじめるころには、焚き火の火はほとんど落ちて、わずかな灰と煙を残すだけとなっている。




「……ふぁ……おはよー…。って見張りずっとシンがやってくれてたの?」


「あー…。起こすの忘れてた」




リィナは呆れたようにため息をつきながらも、ふっと笑った。


「もう、そういうとこ優しいよね……でも次は絶対起こしてよ? シンだけに無理させたくないし」


エラもこくりと頷き、「次は、私が先に起きてる番……するから」と、少し照れたように言った。




“次”はないかもしれない。


それでも、そんな約束が自然と交わされることが、少しだけ嬉しかった。


火の名残が空に消えていく頃、俺は静かに立ち上がった。




俺はすでに簡単な荷物の整理を終え、周囲に燃え残りやゴミがないか確かめていた。




朝の光を背に、三人は小さなくぼみだったキャンプ地を離れる。丘を越えると、昨日は遠目に見えた城壁がだいぶ近づいているのがわかった。石造りの壁に囲まれた町の大きな門が、一際高くそびえている。




「すごい……やっぱ大きな町だね。人がいっぱい……」




エラは少し緊張した面持ちで門の方向を見つめる。リィナは「楽しみだー!」とわくわくした声を上げ、俺は苦笑しながらも門へ向かって歩を進める。




門の前には門番がいて、荷車や馬を引く商人、一人旅の冒険者風の青年など、様々な人が行き交っている。三人で軽く列に並び、門番に「旅人です」と告げると、特に厳しい検査もなく通してくれた。




「……こんな大きな壁の中に、どんな町が広がってるんだろう」




リィナが門をくぐりながら言うと、エラはこくりと小さく頷いた。「人が多いのは少し怖いけど……大丈夫、だよね?」




「大丈夫さ。宿をまず探そう」




俺がそう言って、二人も頷く。 門を越えた先には、活気のある通りが伸び、露店や商人が声を張り上げている。まるで世界が一気に広がったかのようだ。


今はただ、この町の空気を吸い込みながら――次の“何か”に出会う準備をしよう。


そんな気持ちで、俺たちはにぎわう通りへと歩き出した。


こうして、三人で町リンドヴェールへ足を踏み入れる。 昨日の野営と焚き火の夜が、まだ少しだけ肌に残る。




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