第7話 助けて

悪人どもを殲滅した俺は、軽く息を吐いて刀を収める。

かと思ったが、案外一回も死ななかった。


まあ、こんなものか。

魔王が台頭している時代に、戦わず逃げていた卑怯者なぞ。


だからこそ、なのだろう。

覚悟もなく、他者を平気な顔で踏みにじることができる。


「本当に、嫌なものだ」


俺はルード少年に手を差し伸べる。

リーダー格の男の死体を茫然と見ていたルードは、ゆっくりとこちらを見る。


震えた声色で、つぶやく。


「俺、助かった、の?」


「どうやら、そのようだね」


運が良かったのかな。

ルードが人質に取られていた時、俺は刀を投げつけた。


十中八九、ルードを解放して避けると思ったからだ。

だが、そうじゃない可能性だってある。


ルードを盾にする可能性も、ルードを掴みながら刀を避ける可能性もあった。


「運が良かったね、少年」


まあ兎に角、助かったんだからいいじゃないかと思うのだ。

笑みを浮かべつつ、ルードに手を差し伸べる。


「…………」


「……どうしたんだい?少年」


その視線は、一心に俺へと向けられている。

だが、ルードは俺の手を取ろうとはしなかった。


「おーい――ぐふっ」


衝突。

地面を転がる。


予想外のことに、頭が追いつかない。


「な、何が……?」


とりあえず、俺は衝突してきたものの正体を知ろうとする。

それは俺に抱き着いているようで……。


あ。


「あ、アーテ……?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、私のせいで。貴女をまた死なせてしまいました。私の不注意のせいで。それさえなければ、貴女は死ぬことはなかった、無かったのです」


また発作が……!?

どうすれば良いのだろう。


「え、ええと……」


手を右往左往して、行きついた先は彼女の後頭部だった。

体に従って、優しくその銀髪を撫でる。


「大丈夫、大丈夫だよ」


何度も、何度も撫でる。

彼女が落ち着くまで。


「——俺はここにいる。どこにも行きはしないから」


「っ、オル、ナ様……?」


「だから」


アーテは俺の胸にうずめていた顔をようやく上げる。

今にも泣きだしそうな顔だ。


痛ましささえ感じる。


「だから、どうか笑っていてくれ」


俺はそんな顔をしたアーテが、たまらなく嫌だった。

彼女にそんな顔は似合わない。


だってそうだろう?

が、自責に耐えかねているのを見るのは誰だって嫌だ。


「……わかり、ました」


アーテは、一度俺に抱き着く。

硬く、ぎゅっ、と。


顔を上げた彼女は、微笑んでいた。


「うん、やっぱり君はその表情が似合う」


「ありがとうございます」


アーテは静かに俺から離れる。

手を差し伸べて、俺を引き上げる。


「さて」


アーテは振り向いて、ルードの方を見る。

まだ、茫然としているようだ。


「貴方は、どうしてこのようなことをしたのですか?」


普段からアーテが身に纏う荘厳な気配が、増した気がする。

それに気づいたルードは、ゆっくりとアーテを見る。


ルードは、自身の掌を見つめ俯く。

そしてポツリ、と語りだした。


「俺と妹は、この街で生まれた。親は知らない、生まれたときには、もういなかった。孤児だった俺たちを偶然拾ってくれた爺さんがいて、しばらくはその人と一緒に暮らしていた」


その時代はとうに魔王がいた時代だ。

自分一人が生きていくのだって辛いのに、子供を二人も拾うだなんて変わった人だな。


だが、語り方から今はその人と一緒に暮らしていないのか。


「俺たちが六歳になったころ、爺さんは死んだ。寿命だったらしい」


「……それは随分、幸運だったね」


俺の言葉に、ルードは投げやりに笑う。


「爺さんにとっては、幸運だったんだろ。でも、俺たちにとっては違った。荒れ果てたこの街で、子供が誰の助けも得られず生きていくことになったんだ」


「誰かが、大人は助けてくれなかったのですか?」


「——そんなもの、いるかよ」


吐き捨てるような言葉は、嫌悪に満ちていた。

顔を顰め、体を怒りに似た感情で強張らせている。


「あいつらは、俺たちを汚らわしいものとして扱った。いないものとさえも。誰もが俺たちを助ける事なんてしなかった!」


ルードからは涙が滴り落ちている。

感情を整理しようと、重いため息をつく。


「……俺たちは俺たちだけで生きていくしかなかった。生きていくために、飢えをしのぐために盗みを働いた。それがバレて、殺されかけたこともあった。でも、何事も無く生きていけたんだ」


声は、だんだんと暗く沈んでいく。


「魔王が倒されてから、妹の容態が悪くなった。どうしてかは、分からない。俺は頭が悪いから、何がどうして悪くなったのかが、分からなかった。そんな妹を抱えて、走り叫んだ。妹を助けてくれと。……でも」


「誰も助けてくれなかったのか……」


ルードは頷く。


「そんな時だ。あいつらがやってきた。妹を助けてやるから、力を貸せと」


あいつら、とは俺たちを襲って来た男たちの事だろう。

俺たちへルードが起こした行動から察するに、子供の姿を生かしてここまで誘導することか?


子供であれば、警戒心は相当薄れるだろう。

そしてこの場所まで誘導して、殺し奪う。


本当に下種だな。


「俺はそれを承諾した。でも、妹は良くならなかった!」


嘘だったのか。

ただルードを利用しただけだと。


「それでも俺には、あいつらに縋ることしかできなかった。妹が良くなる可能性はゼロとも言い切れないから」


ルードは顔を上げる。

どこか諦めた顔をしている。


「そして、お姉ちゃんたちを騙したんだ。それからは知っての通りだ」


「……そうですか」


アーテは目を閉じる。


「では、その妹のもとへと案内してください」


「は?」


ルードは大きく目を見開き、口を開けている。


「ま、待ってよ。悪いのは全部俺なんだ!俺がやったんだよ!だから妹の事だけは……」


「何を勘違いしているのですか?私たちは貴方の妹さんに危害を加えようとはしていませんよ」


「え?」


ルードは先程よりも、間抜けな顔を晒している。


「貴方の話が本当であれば、助けます。私たちは助けられるかもしれない命を見捨てたりはしない」


それは一種の宣誓のようだった。

アーテはゆっくりとルードへと近づいて、手を差し伸べる。


「で、でも、俺はお姉ちゃんたちにひどいことを……そんなことされる筋合いなんて」


「——もう一つ、勘違いです。私は貴方の事を助けるだなんて言っていない。私は貴方の妹を助けると言ったのです。貴方の処遇を決めるのはそれからです」


「で、でも……いや……だって……」


なおも、ルードは混乱している様子だ。

どうして、俺たちが彼の妹を助けようとしているのかが、分かっていないのだろう。


「少年」


俺は、ルードに笑いかける。


「こういうのは、はい、と言っておくべきだよ」


「……!」


ルードは視線を彷徨わせながらも、なんとか目の前で手を差し伸べているアーテに目線を合わせる。

口元は震え、言葉も震えている。


「……がいします。お願いします。俺の妹を、助けてください……!」


ルードは、ようやくその手を取った。


「分かりました。力の限り、貴女の妹さんを助ける事を約束しましょう」












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