第4話 少女戦力外通告
「疲れた……」
全てが終わったころ、日が落ち始めた時だった。
石の段差に、腰を下ろして大きく息をつく。
肉体的に、疲れるということはなかった。
なんせ勇者ですから。
ただ、精神的な方面で疲れた。
気力が……。
「大きい方の嬢ちゃん、不器用だねぇ」
俺たちを連れ去った女性が、苦笑しながら水の入ったコップを渡す。
そして俺の隣に腰を下ろす。
なお周りではまだ、皆作業を続けていた。
それなのに、俺だけ休んでいるのは。
うん、まあはっきり言って戦力外通告だよね。
「こんなの、初めてやったからね」
口をとがらせて、反論する。
俺は不器用ではない……と思いたい。
水をちびちびと飲む。
労働の後に呑むものは何とやら、ただの水なのに、とてもおいしく感じる。
「え、料理もかい!?」
ふと隣を見ると、女性が驚いたように目を見開いている。
「そうだよ、悪い?」
「いや、悪いっていうか……その整った顔立ちからして、もしかしていいところの出なのかい?」
俺は遠くを見つめながら、答える。
「何の変哲もない、貧しくも金持ちでもない、ただの平民だったよ」
楽しく剣を振って、友達と外に出て遊ぶ。
日が落ちる頃には、家に帰って母の作った料理を食べる。
「手伝いなんて、しようと思った時には遅かったからね」
なんてことのない、そこらへんに転がっているただの悲劇だ。
俺たちが生きた時代には、吐いて捨てるほどある。
「悪いことを聞いたかい?」
「ううん、大丈夫さ、気にしていない」
俺は苦笑しつつも顔を上げる。
視線の先には、今も料理をしているアーテの姿があった。
ちらちらとこちらを窺うアーテに、軽く手を振って答える。
それを見たアーテは、満面の笑みを浮かべていた。
包丁を扱っている手前、集中してほしい。
「あ、ちなみに彼女はいいところの出だよ」
「本当かい?でも白い嬢ちゃんは器用だし、料理も何もかもが上手だったよ?」
「…………」
料理すらできない雑魚で、すみませんでした!
思わず叫ぼうとしたが、心の裡にとどめておいた。
「なんというか。嬢ちゃんたちはちぐはぐだねえ」
「ちぐはぐ?」
「家事ができない元平民と、家事を人よりできる良いところの嬢ちゃん。あとは、そうだね、とても感覚的なんだが」
女性は俺とアーテを見比べる。
頬を掻いて、答えづらそうにしながらも言葉を絞り出す。
「なにか、決定的な食い違いが嬢ちゃんたちの間にある気がするよ。不安定というか、何というか」
「何それ」
「うーん、なんだろうねぇ。嬢ちゃんたちの会話を盗み聞いた限りの事しか分からないからねえ」
言い出した女性自身も、具体的に言語化するのができない様子だ。
なんども首をひねって、頭を悩ませている。
「うん、分からないね!」
一転、疑問を大きく笑い飛ばす。
「そろそろ、私も手伝ってくるよ。嬢ちゃんはそこで休んでいな、ただでさえ慣れないことを長時間したんだ」
女性はよっこらせ、と重そうに立ち上がる。
料理をしているアーテ達のところへと歩いていく。
「あ、そうだ」
女性は一歩踏み出したところで俺に振り返る。
「こういうのは、腹を割って話し合うのが最適さ。相手が何を思って、自分が何を思っているのか、意識の擦り合わせがあんたらの問題を簡単に解決するかもしれない」
年長者の助言さ、とばかりに笑って、また歩き出す。
アーテ達に向かって、大きく威勢の良い声を出しながら指示を出している。
それを見て、俺は手に持っていたコップを眺める。
俺の姿がコップの水面に浮かんでいる。
何もかも変わってしまった姿形。
名残があるのならば、この赤髪と赤褐色の瞳だけ。
他は全て、変わってしまった。
男から、女性に。
骨格は女性らしく変わり、筋肉の付き方も変わった。
低かった声は、女性にしては低いものの男だった頃とは比べ物にならない。
「意識の擦り合わせ、か……」
思えば、この姿になってからだ。
アーテが、昏い表情を見せて俺に依存するような行動を見せだしたのは。
俺が、女になったのと関係しているのだろうか。
だとしたら、一体それは……。
「——っ……!?」
割り込むように。
こめかみに痛みが奔る。
突然の鋭い痛みに、思考が中断される。
「頭痛……風邪かな?」
だが、頭痛はすぐに消える。
視界がクリアになる感覚。
「あれ、何を考えていたんだっけ?」
コップの水面には、変わらず俺の姿が映っていた。
「まあ、何でもいいか。すぐに忘れちゃったのなら多分大したことじゃないでしょ」
俺はコップに残った水を飲み干す。
てきぱきと手際よく料理を作りながらも、こちらに視線を送り続けているアーテを見ながら、微笑む。
「料理、練習してみようかな?」
うん、それが良い。
何せ、これからはたんまりと時間があるんだから。
なにか目標を作っておかなければ、退屈になってしまうかもしれない。
アーテという先生もいることだし。
旅を続ける限り、必要になってくる場面もあるだろう。
戦力外通告を受けた今は、ただ初めての事だったからであって。
練習すればうまくなると思う。思う。
「飯が出来たよーー!作業を中断して、さっさと集まりなーー!」
女性の一段大きな声がリンデン中に響く。
作業をしていた大人たちがすぐさま群がってきて、この場は喧騒に包まれる。
「ふぅ、疲れました。大丈夫でしたか、オルナ様?」
アーテが静かに、しかし類を見ないほどの素早さで俺のところへとやって来る。
「お疲れ様、アーテ。俺よりも君の方が、疲れているんじゃない?待ってて、今水を――」
立とうとしたら、アーテが手を握って引き留めてきた。
ふわりと、良い香りがしたと思ったら、俺の腕に抱き着くように密着している。
「一緒に、行きましょう」
「……うん」
水だけではなく、料理ももらって石の段差に腰を下ろす。
濃い味付けになっており、体に沁みる美味しさだ。
「あの、オルナ様」
「なんだい?」
「良いのです、このままで。貴女はただ、笑っていてください」
俺は首を傾げる。
だが、アーテは口元を隠して笑うだけで答えてはくれなかった。
「貴女は、思い出さなくともよろしいのです。すべての重荷は、私が背負います」
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